今回紹介する作品は、タイ・ウェスト監督によるホラー映画『X エックス』の前日譚となる映画『Pearl パール』です。
一見ホラー映画とは思えないカラフルな色彩感とミュージカルを思わせるロマンティックなイメージに、極限の狂気を感じさせるバイオレンススプラッターイメージを絶妙に掛け合わせた、異色のホラームービー。
奇抜さとともに近日映画界を席巻しているA24らしい、ホラー・スタンダードに新たな変革と潮流を呼び起こす作品といえるでしょう。
(画像引用:(C)2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.)
映画『Pearl パール』:作品情報
タイ・ウェスト監督が手掛けた映画『X エックス』のシリーズ第2作で、1970年代を背景とした前作より60年前の前日譚となる物語。
前作で猛威を振るった極悪老婆パールの若き日における狂った青春時代、そしてその彼女がシリアルキラーへと変身していく姿を、さまざまなエピソードを交えて描きます。
前作で最後まで生き残った主人公マキシーンと、老婆パールの2役を演じた奇才女優ミア・ゴス。
今作でも若き日のパール役として主演を担当、さらにタイ・ウェスト監督とともに脚本を手がけ、製作総指揮にも名を連ねています。
映画タイトル | Pearl パール |
原題 | Pearl |
監督 | タイ・ウェスト |
出演 | ミア・ゴス、デビッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ他 |
公開日 | 2023年7月7日(金)【YouTube:予告編】 |
公式サイト | https://happinet-phantom.com/pearl |
■2022年 /アメリカ映画 /カラー /102分
映画『Pearl パール』:あらすじ
映画や舞台と華やかな姿で人々を魅了するスターにあこがれる女性、パール。
若くして彼女と結婚した夫は戦争に出征しており、現在はとある人里離れた農場で厳格な母親と病気の父親とともに暮らしていました。
毎日厳しいお小言を投げかける母親に、ほぼ寝たきりの父親の世話、そして家畜たちの餌やりと、彼女は明るく努めながらも鬱々とした気持ちで毎日を過ごしていました。
ある日、母親に言われ父親の薬を買いに街に出かけたパールは、母親に内緒で華やかな映画を観覧、一人の俳優との出会いとともにますます女優という世界へのあこがれを募らせていきます。
しかし家に帰った彼女は母親から「お前は一生農場から出られない」と一喝を受けてしまいます。
このことをきっかけに、押さえつけられてきた彼女の闇と狂気は爆発していくのでした。
前作『X エックス』と比較、スプラッターホラーの新表現!
この作品よりつながる『X エックス』を比較すると、非常に興味深い作風が感じられる作品です。
近年の、「ベースとなる作品に対し『ビギニング』を作る」「続編を作っていく」という凡庸な傾向に対して、何らかの疑問を投げかけ、捻りを加えようという意図が見えてきます。
『X エックス』は、その作風・画作りよりトビー・フーパー監督作のスプラッター映画『悪魔のいけにえ』へのオマージュも感じられる、心理的な粗さ、画像のザラつき、そしてB級感を意図して作り出したように感じさせる作品でした。
実際『悪魔のいけにえ』もその後ビギニング、続編と物語を展開しており、本作ではその流れを汲みながら、前作に対して古きよき時代のミュージカル作品のような色彩感、雰囲気を意識した様子が見られます。
それぞれの作風の違いを見ると、物語の時系列を意識したものという印象でありながら、その空気感の違いには戸惑いすら覚えられるでしょう。
『X エックス』はまさに『悪魔のいけにえ』的な、追われるものの緊張した空気感をベースとした作品であり、一方の『Pearl パール』は対照的に、殺人鬼の感情を物語の主体としたもの。
もちろん単純に時系列で両作品を並べればこの話の流れになるのも当然なのですが、バイオレンス一辺倒の前作に比べて妄想のファンタジックな世界が蔓延する本作の世界観は、従来のスプラッターホラーの枠を超えた表現を実現しようとする意向も見えてくるでしょう。
「狂人」をキュートにクレバーに!女優ミア・ゴスの魅力
この不思議な作品の大きなキーとなるのは、やはり主人公パール役を演じたミア・ゴスの存在感といえます。
どこかミュージカルの主人公的な能天気さ、家から閉じ込められ出られないという現実の悲惨さ、そして希望を信じて自由になろうとするために「人を殺す」という恐ろしささえ、頭の中から消し飛んでしまう狂った感覚。
並べてみると、とても共存できる光景とは思えないシチュエーションですが、まさにこの異次元的なマッチングを実現しているのがゴスの神がかり的な振る舞い、たたずまいであります。
どこか純真そうで一方では暗い闇をもつパールの心情をうまく表現し、”その”瞬間の一歩手前で「狂人だ」と思わせる純真なシリアルキラーの表情を見事に表現しています。
特にラストシーンで見せる彼女の表情の作りかたは役者任せとは思えない、映画で描くべき心理をうまく表現した巧みささえ感じられる、強烈な意外性をもった物語としています。
役者の表情だけで物語にこれだけのインパクトを与えるのは非常にまれでもあり、演技者としての力量を高く評価できるところでもあります。
●ミア・ゴス(Mia Goth)
誕生日: 1993年10月25日生まれ
星座:さそり座
身長:171cm
出身:イギリス・ロンドン
▶おすすめの代表作品
※ホラー作品への出演が目立つゴスですが、こちらは青春ラブストーリー。ゴスがもつ女優としての力量の程が見えてくるとともに『PEARL パール』で見せた性質の一端が垣間見られる作品でもあります。
『ニンフォマニアック』
ゴスの初主演作。奇才、異才のラース・フォン・トリアー監督による問題作で、初主演にてこのチャレンジは特筆に値する作品であります。
「赤の風景」と「音」、監督の優れた映像センスや手法
本作を手がけたタイ・ウェスト監督は『サプライズ』『サクラメント 死の楽園』など、超常現象など全く登場しない、人間の深層心理的な怖さを扱ったホラー作品で高い評価を得ています。
また『V/H/S シンドローム』『ABC・オブ・デス』と、当時新進のホラー作家が集い斬新な映像作品へのチャレンジを披露したオムニバスにも参加しており、「伝統的な怖さ」というよりは新たな潮流を呼ぶような挑戦に果敢に取り組む方向性もうかがえるところであります。
その意味で本作、前作と※A24という現在、最旬の配給元による作品発表にはまさにピッタリの作品といえるところでもあります。
物語の発想として単なるオマージュやホラー作品の王道を踏襲するような方向性は見えず、さまざまな手法を試みながら新たな「怖さ」「楽しさ」をうかがわせる姿勢も見えてきます。
ちなみに『X エックス』『Pearl パール』と続いたこのシリーズ。
さらに続編としておそらく完結編となる新作『MaXXXine(原題)』の公開予定が発表されており、こちらにもミア・ゴスの出演が決定しているといわれています。
予告動画で見られる映像は、前二作とはまた違い今度は「ビデオデッキの映像」「ギラついたシンセサイザーを起用した音楽」「やたらにメタリックなロゴデザイン」と、どこか80年代映画を想起させる映像となっており、早くも「どんな世界観を実現させているのか」と興味が尽きないところでもあります。
■参考:A24・ホラー映画本【管理人・選】
A24とアメリカ映画の現在 ―『ムーンライト』『ミッドサマー』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、そして『aftersun/アフターサン』へ
※作品の「ヴィジョン」の精査に基づくキュレーション、ソーシャルメディアを活用した独創的なマーケティング、そしてそれらを「A24」らしさとして印象づけるブランディングは、いまやZ世代をはじめとする広範な層にリーチし、個々の作品の枠組みを越えたファンダムを形成しているように見える…。【引用:Amazon】
※『女神の継承』(『哭声/コクソン』のナ・ホンジン原案・プロデュース)『ザ・ミソジニー』(『リング』『霊的ボルシェビキ』の高橋洋監督)『哭悲』(世界が戦慄した容赦なきエクストリーム・ホラー)『X エックス』『ブラックフォン』(現在最重要プロダクション「A24」新作)『戦慄のリンク』(「Jホラーの父」鶴田法男監督による中国ホラー)ほか
《ライター:黒野でみを》 クリックで担当記事一覧へ→
40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。映画作品に対して「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度からそれぞれの「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。
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