今回は『ドリーム・シナリオ』のクリストファー・ボーグリ監督最新作、『ドラマなふたり』をご紹介します。
A24配給というのもあって、個人的に今年観た中では『クライム101』に次いでお気に入りの一作になりました!
『ドラマなふたり』:あらすじ・キャスト

エマ(ゼンデイヤ)とチャーリー(ロバート・パティンソン)はロマンチックな出会いから交際期間を経て、もうすぐ結婚式を挙げるカップル。
式の準備も順調に進み、幸せな結婚生活へ向かっているように見える。
ところが、親しい友人たちとの食事の席で「あなたが今までにした最悪のことは?」というゲームを始めたことから、エマが過去に抱えていたある秘密が明らかに。
そしてエマの告白をきっかけに、二人の関係だけでなく、友人たちとの関係も大きく揺らぎ始める。
ロマンティックコメディのように始まった映画は次第にブラックユーモアを交えた心理劇へと変貌していく…
(管理人編)
●ゼンデイヤ(Zendaya)
誕生日:1996年9月1日生まれ
星座:おとめ座
身長:180cm
出身:アメリカ・カリフォルニア州
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※ヒロインのMJ役で出演!ゼンデイヤ代表作の一つ。最近作はこちら↓新たな切り口で考察しています。
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観客に問いかけ、「ドラマ」に加担させられる映画

『ドラマなふたり』を観ていてまず感じたのは、観客である自分まで、この「ドラマ」に加担させられているような感覚でした。
特に印象的なのが、結婚式の試食会のシーンです。
一見、結婚を控えた幸せなカップルと友人たちが食事を楽しんでいる、ごく普通の場面なのですが、告白ゲームをきっかけにエマの秘密が明らかになった瞬間、場の空気が一変します。
そこからの「居心地の悪さ」の演出がとにかく秀逸です。
本作の製作陣にアリ・アスターが入っているのも納得の、とにかくイヤ~な雰囲気が漂い始めるのです。
そして怖いのは、観客もその場から逃げられないことです。
「エマは悪い人間なのか?」「過去にあんなことをした人間を、現在の人格とは切り離して考えて大丈夫なのか?」「もし自分がチャーリーだったら?」
そんなことを考えているうちに、いつの間にか自分もエマを「判断する側」の席に座らされていることに気づきます。
この映画は観客として、傍観者として登場人物たちを眺めることは許されず、観客自身に「あなたは他人の過去や失敗をどうジャッジするのか?」と問いかけ続けてくる仕掛けになっています。
ゼンデイヤとロバート・パティンソン、2人の存在感!

そして、この映画を成立させている大きな要素が、主演ふたりの演技です。
ゼンデイヤとロバート・パティンソン、この二人がいなかったら、画的にもっとキツイ映画になっていたのではないかと思います。
話がだんだん重苦しくなってくる中でも、主演ふたりが華やかなのでそこに救われた気がします…
ふたりが演じるエマとチャーリーは、どちらも決して完璧な人間ではありません。
チャーリーは物事をよく考え、相手に合わせようとする寛容的な人に見えますが、エマの秘密を知ったことで、そんな理性的で慎重な部分だけでなく、別の顔を見せ始めます。
一方のエマは、周囲から見れば危なっかしいところがありながら、どこか柔らかさも感じます。
だからこそ、観客は「どちらが正しいのか」という単純な答えに逃げることができません。
ゼンデイヤとパティンソンの演技から生まれる、エマとチャーリーのこの微妙なバランスがとてもよかったです。
(管理人編)
●ロバート・パティンソン(Robert Pattinson)
誕生日:1986年5月13日生まれ
星座:おうし座
身長:185㎝
出身:イギリス・ ロンドン
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※過酷な地で使い捨てのクローン従業員ミッキーをロバートが演じるということで高い注目を集めた傑作です。
原作とストーリーをこちらの記事で紹介しています。
「ドラマ」を超えた、もっと現代社会と地続きの怖さが

この映画を観ていて、同じくハラハラ夫婦もの映画『ローズ家』を思い出しましたが、『ドラマなふたり』のほうが、もっと現実と地続きの怖さを感じます。
その理由の一つが、現代のSNS文化を思わせる空気です。
SNSを見ていると、さまざまな投稿に対して、
「こういう状況の人がいることも考慮してください」「その立場の人の気持ちを考えて発信してください」
といった、「お気持ち察して」系の批判が投げかけられているのを見かけます。
もちろん他者への想像力は大事だと思うのですが、行き過ぎると断罪が目的になっているケースもある気がします。
そして一度「こういう人間だ」とラベルを貼られると、その後どれだけ変わってもそのラベルを剥がすことが難しくなる。
『ドラマなふたり』の居心地の悪さは、そうした現代社会における「他人をどう評価し、どう裁くのか」という息苦しさにもつながっているように感じました。
ダンスシーンでの、振る舞いの違いに注目!

私がこの映画で一番好きだったのは、式の練習でエマとチャーリーがダンスをするところです。
好きなキャスト二人が踊るシーンというだけでもお気に入りなのですが、ここではエマとチャーリー二人の人間の指向性がかなり端的に表れているように思います。
エマは「もっと柔軟にいこうよ」と、少し型を崩してみることを提案します。
しかしチャーリーはダンス講師のいう通り、今までやってきたレッスンの通り、きちんとやりたい。
このダンスに対する姿勢の違いは二人の生き方そのものにもつながっているように思えました。
つまりエマは「もう一度やってみる」「やり直してみる」ことを受け入れられる人なのではないでしょうか。
この姿勢は冒頭の二人の出会いのシーンからラストシーンまで一貫しています。
失敗してももう一度やってみればいい。うまくいかないときはやり方を変えればいい。
一度間違えたからといって、それですべてが終わるわけではない。
過去に何をしても無条件に許されるべきだ、という話ではありませんが、現実の社会でも失敗した人が「もう一度」を許されること、過去の一場面だけでその人のすべてを決めつけられないことはもっと認められてほしいと思いました。
『ドラマなふたり』を観たら、誰かと感想を語りたくなる

ラストシーンこそちょっと光がさしているものの、『ドラマなふたり』は気持ちよく観終われる映画ではありません。
なのでカップル等一緒に見る人は本当に選んだほうがいいと思うのですが、「自分だったらどうするだろう」と考えさせられるので、鑑賞後は誰かと一緒に映画について話したくなります。
めっちゃ余談ですが、私は「嘔吐シーンのある映画に外れなし」という考えがあるのです。
本作のとある場面で嘔吐が出てきたときに、この映画イケる…と確信しました。
気になりましたら鑑賞してみてください。


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