グレン・パウエル『ランニング・マン』をレビュー、怒りはどこへ行く?抜かりないポップコーンムービー!

ランニング・マン
スティーヴン・キング原作の、エドガー・ライト監督作品

今回はスティーヴン・キング原作の、エドガー・ライト監督(『ベイビードライバー』など)の最新作、『ランニング・マン』をレビューします!

主演を飾るのは今をときめく俳優グレン・パウエル(『トップガン マーヴェリック』『ツイスターズ』など)。

さらに、ジョシュ・ブローリン、マイケル・セラ、エミリア・ジョーンズと脇を固めるキャスト陣も大変豪華な2026年上半期の注目作です。

ポップコーンムービーとして抜かりない面白さで、原作と比較しながら筆者なりに考察レビューしてみました。

今年の初めの一本がまだ…という方の映画初めにもおすすめです!

(トップ画像:https://www.facebook.com/RunningManMovieUK/)

『ランニング・マン』:あらすじ

ランニング・マン
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近未来のアメリカ。逃走者が娯楽として殺されるリアリティー番組「ランニングマン」。

病気の娘に薬も買ってやれず、貧困の末に番組に参加したベンは必死に逃げる中で、このゲームが暴力と怒りを消費するために設計された装置であることに気づく。

彼の逃走は、単なる生存競争から、番組と社会の前提そのものを揺さぶる行為へと変わっていく…。

ランニングマン
©にゅっき

原作の「絶望」から、映画の「構造」へ

スティーヴン・キングの原作は、逃げ切り不可能なゲームシステムの残酷さを徹底的に描いた物語でした。

個人の抵抗は潰され、希望は回収されない。その冷酷さこそがキングの原作の魅力です。

一方、今回の2026年版の映画では、結末や設定の細部以上に、焦点の置き方が大きく異なります。

本作が関心を寄せるのは「デスゲームで勝てるかどうか」ではなく、「なぜこのゲームが成立しているのか」という点です。

本作の主人公ベンは単なるゲームの犠牲者ではなく、視聴者・当局が絡み合う構造を可視化する存在として再配置されています。

原作の絶望を薄めたというより、絶望の“位置”を個人からシステムへと移動させたアダプテーションだと言えます。

ランニング・マン
原作:ランニング・マン (扶桑社ミステリー キ 1-11) : スティーヴン・キング

ベンの怒りはどこから来て、どこへ向かうのか

ランニング・マン
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物語序盤のベンの怒りは、きわめて個人的なものです。

勤めていた会社からは理不尽に解雇され、どうあがいても家族を養っていけない…というところから発せられる怒りであり、それはゲーム側にとって「煽りやすく、消費しやすい感情」でもあります。

しかし逃走を続ける中で、ベンは自分の怒りが番組の演出として利用されていることに気づきます。

怒りは視聴率を生み、暴力を正当化し、次の犠牲者を呼び込むガソリンになっている。

ここで彼の怒りは転換点を迎えます。衝動的にあふれ出てしまう感情から、言葉を持った批判へと形を変えていくのです。

本作が印象的なのは、ベンが物語を通してとにかくずっとブチ切れ続けている点です。

ただしその怒りはただ消費されるものから、怒りを言語化し、ゲームの不正、国家の管理、観る側の無責任さを照らし出すための手段へと変わっていきます。

●グレン・パウエル(Glen Powell)

誕生日:1988年10月21日生まれ

星座:てんびん座

身長:183cm

出身:アメリカ・テキサス州

▶グレン・パウエルの出演映画一覧

▶おすすめの代表作品

参考記事:グレン・パウエルが『ヒットマン/Hit Man』でコメディ主演、実話を元にリンクレイターが監督!

反復される核/放射能、イメージが意味するもの

ランニング・マン
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本作では、核や放射能に関する言及やイメージが繰り返し挿入されます。

それは単なるディストピア的記号ではなく、「一度起きたら取り返しがつかないもの」の象徴として機能しているように感じました。

核/放射能は不可逆的なものです。被曝は蓄積し、元には戻らない。

この性質は、ランニングマンというゲーム構造そのものと重なります。

一度参加すれば人生は元に戻らず、観客や社会全体もまた、このバイオレントな娯楽を選んだ時点で別の段階へ進んでしまっている。

そして本作における怒りもまた、煽られ、蓄積され、臨界点を越えれば爆発する不可逆的な感情です。

ベンの怒りが個人のものから構造批判へと変質する過程は、核の比喩ともパラレルになっていると思います。

怒りは危険だが、抑圧されたまま蓄積すれば、より破壊的な形で噴出する。

本作はその危うさと可能性の両方を描いているところが面白いと感じました。

怒りを使い捨てないために

ランニング・マン
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2026年版『ランニング・マン』と原作との最大の違いは、絶望的なラストを描かない点にあります。

2026年版『ランニング・マン』は怒りを娯楽として消費する社会構造を描き、その怒りを構造を照らすための起爆剤へと再定義しなおしたことで、現代版としてうまくチューニングされた良いアダプテーション映画になっていました。

最近だとアリ・アスター監督の『エディントンへようこそ』でもSNSというメディアとの共存がテーマになっていましたが、『ランニング・マン』もこの現代だからこそじっくり考えたくなる、メディアと人間といったテーマを据えていたのがよかったです。

アクションシーン満載の本編はもちろん、エンドロールまで楽しませてもらえるので、鑑賞の際はぜひ最後までどうぞ!

参考記事:アリ・アスター監督最新作『エディントンへようこそ』を考察、面白さは遅れてやってくる?!

《ライター:にゅっき》 担当記事一覧はこちらへ→

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