今回紹介する作品は、ダークファンタジーSF映画『VESPER ヴェスパー』です。
文明が崩壊した世界で、未来への希望をあきらめずに生きる少女。
ある日彼女は森で一人の女性と遭遇したことがきっかけで、絶望感にまみれた未来に変化が…
ディストピア感あふれるストーリーにファンタジックな世界観を醸す映像を掛け合わせた異色の物語です。
映画『VESPER ヴェスパー』:作品情報
文化の高度発展に失敗し分断された地球を舞台に、虐げられた生活を送りながらもディストピアからの脱出をあきらめない少女ヴェスパーの姿を追ったSFファンタジー映画。
2022年度のブリュッセル国際ファンタスティック映画祭において、最高賞である金鴉賞を受賞しました。
2012年の映画『Vanishing Waves(邦題:ナイトメアは欲情する)』を手がけたクリスティーナ・ブオジーテとブルーノ・サンペルのコンビが監督・脚本を務めました。
また主人公ヴェスパーを演じたのは、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』『博士と彼女のセオリー』のラフィエラ・チャップマン。
映画タイトル | VESPER ヴェスパー |
原題 | Vesper |
監督 | クリスティーナ・ブオジーテ、ブルーノ・サンペル |
出演 | ラフィエラ・チャップマン、エディ・マーサン、ロージー・マキューアン、リチャード・ブレイほか |
公開日 | 2024年1月19日(金) |
公式サイト | https://klockworx-v.com/vesper/ 【YouTube:予告編】 |
■2022年 /フランス・リトアニア・ベルギー合作映画/カラー/G/114分
映画『VESPER ヴェスパー』:あらすじ
科学による生態系発展の試みに失敗してしまった地球。
ここでは一部の富裕層のみが城塞都市シタデルに存在し、貧しい人々は危険な「外の世界」で惨めな生活を強いられていました。
そんな「外の世界」で寝たきりの父ダリウスと暮らすヴェスパーは、辛い日々の中でも希望を捨てず、自分たちが生きるための研究に没頭する13歳の少女。
彼女はある日、森の中で一人の女性が倒れているのを発見。
カメリアと名乗るその女性はシタデルの権力者の娘だといい、彼女が乗っていた飛行艇に同乗していた父を捜してほしいとヴェスパーに頼みます。
ヴェスパーは「彼女を助ければ、シタデルへ通ずる道も切り拓けるかもしれない」と考え、ダリウスが止めるのも聞かずカメリアの頼みを引き受けることを決めます。
しかし彼女の周辺地域を取り仕切る残忍な男・ヨナスもまた飛行艇の行方を追っており……。
シンプルながら映像の存在感、広がるイマジネーション
シタデルと呼ばれる要塞都市を占拠する富裕層、周辺地域を牛耳るヴェスパーのあくどい叔父ヨナス、ジャグという人造人間に対する人種差別。
まさに格差社会を象徴するような要素で構成された世界観が、本作は冒頭よりどんよりしたディストピア感を醸し出しています。
この物語はそんな悲壮感あふれる世界において、一人の少女ヴェスパーが自分たちの世界を取り戻すべく立ち上がる物語。
そのきっかけとして一人の美女カメリアが彼女のもとを訪れるわけで、このようなヒーロー像が描かれる冒険ドラマは、例えば『スター・ウォーズ』シリーズなどをはじめ映画作品としてもあまた存在します。
しかし主人公が一人の少女という点など、微妙にユニークな構成を狙った箇所には、時代を象徴する特徴的な人物構成が感じられることでしょう。
一方、この主人公には病床に臥せっている父がおり、彼女に寄り添う一台のドローンを通じて意思の疎通がなされています。
この存在は無難に生きる、「敢えて危険を冒さない」と彼女を制する意思があり、ある意味保守的な象徴として見ることができるでしょう。
つまりは少女のリベラルな思いが、不条理な世界とともに父親に代表される保守的な思想と向き合いながら、己の道を切り開いていくという物語となるわけです。
この勢力、思想などの構想は物語としてはシンプルにまとめられており、非常にわかりやすい印象でもあります。
そしてその分映像で描く光景に強く注力しており、映画自体はその印象がさまざまな思想を掻き立てるものとなっています。
この映像でシンプルなテーマのイメージを膨らませる手法は、話題を呼んだ前述の作品『Vanishing Waves』を作り上げたクリスティーナ・ブオジーテ&ブルーノ・サンペルの監督コンビならではといえるでしょう。
大まかに物語を解釈してしまうと、物語としては多く作られたパターンであるようにも見えます。
しかし、映像の斬新さや人物構成などありきたりのセオリーに従って作り上げたプロットだけでは描けない要素をたくさん含んだ物語であります。
荒廃と美しさ、目を見張るファンタジー性が最大の魅力
そして本作の映像的な魅力はやはり、その映像における世界観。
ポスタービジュアルにも描かれる要塞の姿などは、近年のSF映画の描写が『素直な未来』を描いていると思えるくらいに独特の世界観を醸し出しています。
また、ヴェスパーが冒頭で荒れた大地に何かを探すシーンと、森でカメリアを発見するシーンの美しさのコントラストも絶妙。
そのファンタジックな雰囲気は、日本の宮崎駿監督作品※『風の谷のナウシカ』を彷彿すると感じる人もいるのではないでしょうか。
本作で撮影監督を務めたフェリクサス・アブルカウスカスは、この撮影に際し「光に関してはヨハネス・フェルメールとレンブラントの絵画からインスピレーションを受けた」と語ったとのこと。
そのどこかエッジがぼやけたような細部のイメージもユニークなイメージを生み出しています。
悲壮感にまみれた物語のカラーにおいて、これら独特の映像観はストーリーが展開する中で少し異なる色味を加えています。
社会的な問題、普遍的な課題に対する要点の言及であれば文章による表現でも十分な効果を示すところでしょう。
本作はその意味で、映像によるイメージ、メッセージの訴求力という点において優れた要素を持っているといえます。
※こちらもぜひ見てほしい!『VESPER』の世界を彷彿とさせる作品
※人類の文明が崩壊し自然が腐敗した世界で、生き残った家族や知人たち、そして故郷を救うべく奔走する一人の少女の姿を描きます。侵略者たちのスチームパンク的なイメージ、そして腐敗した森『腐海』の奥に潜むうっとりするような美しい光景など、その世界観は本作と似たような雰囲気があるようにも見えます。
物語の屋台骨、ラフィエラ・チャップマンの存在感
また主人公ヴェスパーを演じた女優ラフィエラ・チャップマンにも注目です。
若干16歳という若さながらイギリス、イタリア、インドと国際色豊かな血を引いています。
これまですでにティム・バートン監督作品の『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』、第87回アカデミー賞で5部門にノミネートされた『博士と彼女のセオリー』などの大作に出演、本作でも堂々とした存在感を示した彼女。
ヴェスパーは自身や家族の未来に向けた希望を捨てない少女であるものの、どこか完璧ではない面を持ち合わせており、彼女の住む地域一帯周辺を取り仕切る叔父・ヨナスが、使えなくなった奴隷ジャグを虐げる場面で、周りの子どもたちに合わせて愛想笑いを浮かべてしまうような気持ちの弱さも見せています。
その意味では、本作における彼女の存在は、皆を引っ張っていくような強いヒロイン感はそれほど感じられません。
しかし、この微妙な人物像は物語に独特の緊張感を与え、深いテーマ、メッセージ性すら感じられるものとしており、要所で見せるチャップマンの演技、表情は本作のテーマを形作る上で重要な役割を果たしているといえるでしょう。
●ラフィエラ・チャップマン(Raffiella Chapman)
誕生日: 2007年10月11日生まれ
星座:てんびん座
出身:イギリス・イングランド
▶ラフィエラ・チャップマンの出演映画一覧
2011年にアメリカの作家であるランサム・リグズが発表した同名小説を原作としてティム・バートン監督が作品を手がけたダーク・ファンタジー映画。チャップマンは「奇妙なこども」の一人クレア・デンスモア役を担当。
世界的な理論物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士とその元妻ジェーンの関係を描いたドラマ作品。二人の娘役としてチャップマンがキャスティングされました。
《ライター:黒野でみを》 クリックで担当記事一覧へ→
40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。映画作品に対して「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度からそれぞれの「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。
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