今まで映画『カノン』や『アレックス』など、性的な過激描写の作品を世に送り出してきた鬼才ギャスパー・ノエ監督。
映画『VORTEX ヴォルテックス』は、過激なシーンはないものの誰しもが避けることのできない「病」と「死」をテーマに描き崩れゆく夫婦の日常を残酷なまでに映し出していきます。
映画評論家で心臓病を抱える夫と元精神科医で認知症を患っている妻をメインに、それぞれの視点をスプリットスクリーン(2分割)で投影。
認知症によって、夫が誰なのか分からなくなる妻と、一方で、そんな妻でも介護施設に入れることを拒む夫の心臓は刻一刻と最期へ向かっていきます。
絶望へと向かうふたりの感情の渦に心を抉られる作品です。
今回はギャスパー・ノエ監督の問題作ともいわれる過去作も含めてご紹介します。
(冒頭画像:引用https://macguff.com/project/vortex/)
『VORTEX ヴォルテックス』:あらすじ
映画評論家の夫と元精神科医で認知症を患う妻は、ふたり暮らしをしていた。
ひとり息子は離れて暮らし、両親のもとに来てはお金を無心する。
心臓病を患う夫は、妻の認知症が日に日に進行していく様子に悩まされ、やがて、日常生活もままならない状態になっていく。
ふたりは人生最期の瞬間が刻一刻と近づいていた・・・。
ギャスパー監督自身の経験がヒントに・・・
作品のヒントになったのは、ギャスパー監督自身の病や実母が関係しているという。
ギャスパー監督自身、脳内出血で倒れ生存率50%という状況のなかで生きるか死ぬか分からない1カ月間を過ごした経験があります。
また、アルツハイマー病を患っていた母の介護をするため故郷ブエノスアイレスに戻ったときには、自身が分からなっていく母を目の当たりにしたとのこと。
母親が最期を迎えるまでの1年間は悲惨だったとインタビューで語られています。
まさに本作でも妻は認知症を患い夫が誰なのか混乱していく様子や、心臓病を抱える夫の不安や恐怖をリアルに描いているのは自身の経験があったからといえるでしょう。
ホラー界の帝王、スクリーン初主演!
夫役を演じたのは、ホラー映画界の巨匠ダリオ・アルジェント。
ホラー映画好きならば、一度は名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか。
数々のホラー映画を世に送り出してきたダリオの有名作といえば『サスペリア』シリーズですよね。
過去に出演した作品はあるものの、主演を果たしたのは本作が初めて! 80歳ダリオの演技にも注目です。
ギャスパー・ノエ監督とは
1963年生まれ。アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の映画監督・脚本家。
パリのエコール・ルイ。リュミエールで映画を学ぶ。
デビュー作は、1985年発表の短編映画『Tintarella di luna』。1991年、中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。
1998年には、続編となる初の長編映画『カノン』を発表。2002年には問題作となった映画『アレックス』がカンヌ国際映画祭で正式上映され、過激な描写で賛否両論を巻き起こし途中退席も続出したほど。
長編作品では他に、2015年『LOVE3D』、2018年『CLIMAXクライマックス』、2019年『ルクス・エテルナ永遠の光』がある。
鬼才ギャスパー・ノエ監督、問題作をピックアップ!
『カノン』:口のきけない娘への異様な愛情
1998年製作のフランス映画『カノン』(原題:Seul contre tous)。
ギャスパー監督が1994年に手がけ、『カルネ』の続編にあたる作品です。
パリ郊外で馬肉屋を営む男は、娘シンシアが幼い頃に妻に逃げられてしまい、口のきけないシンシアをひとりで育てきました。
そんな娘が初潮を迎えた頃、男は娘が強姦されたと勘違いし、ある男を殺してしまいます。
男は捕まり、シンシアは施設に行くことに。
男は出所後、バーで働き店のマダムの愛人になります。
その後、関係をもったマダムは妊娠、ふたりはマダムの田舎で人生をやり直そうとします。
しかし、新たに始めようとした仕事は上手くいかず高慢になっていくマダムと陰鬱な田舎暮らしに男は怒りが爆発。
マダムを流産させようと暴力をふるい、男はシンシアのいるパリへ。
そして溺愛する娘を施設から連れ出し、ホテルへと向かった男は娘の体に手を伸ばそうとするのでした。
男の信じられない行為は、幻想か現実なのか・・・
馬肉屋の男が口のきけない娘に異様な愛情を向ける問題作です。
『アレックス』:アレックスの身に起きる残酷な運命を描く
2002年製作のフランス映画『アレックス』(原題: Irréversible)
イタリア出身の女優モニカ・ベルッチがアレック役、恋人マルキュス役にフランス出身の俳優ヴァンサン・カッセルが演じています。
原題の意味は「ひっくり返せない、不可逆、取り返しがつかない」。
ある夜、マルキュスは恋人のアレックスとパーティーに参加します。
しかし、ちょっとしたことが原因でふたりは喧嘩。アレックスは腹を立てて1人で帰ってしまいます。
その帰り道、地下道を歩いていたアレックスは、見知らぬ男に絡まれ暴行を受けます。
一方で、マルキュスと友人のピエールはパーティー会場から出ると、辺りはレイプ事件が起きたことで騒然としていました。
被害者を見たマルキュスは、アレックスだと気づき激怒。ピエールと共に犯人を捜しにいきます・・・。
本作は、時系列がレイプ事件後から事件前へと遡って展開されていくため、冒頭ではエンドロールが逆回しで始まるのが特徴。
そのためラストカットでは、後に何が起きるか知る由もないアレックスの穏やかなシーンが映し出されます。
そして何より9分にも及ぶレイプシーンは、観てる側にダメージを与えるほど強烈!
第55回カンヌ国際映画祭では、あまりにも強烈な描写の連続に途中退場者が続出したほどでした。
ちなみに時間軸に沿った『アレックス STRAIGHT CUT』も2020年に製作されています。
『CLIMAX クライマックス』:ダンサーたちの、狂乱の一夜を描く
2018年製作のフランス、ベルギー合作映画『CLIMAX クライマックス』(原題:Climax)
ギャスパー監督が1998年に起きた事件にインスパイアされた作品で、主役のセルヴァ役を演じたソフィア・ブテラ以外は、演技の経験がないプロダンサーたちが演じています。
雪山の廃墟に集められた22人のダンサーたちは、公演を間近にひかえ最終リハーサルを行っていました。
そしてリハーサル後の打ち上げパーティーで用意されたサングリアを飲んだダンサーたちは、音楽に身をゆだねて踊りだします。
しかし、サングリアには何者かによってドラッグが入れられていました。
次第にトランス状態になるダンサーたちは、暴力と発狂、そしてエクスタシーを感じるものなどが入り交じりフロアは悲惨な状態になっていきます。
サングリアを飲んでいない者はドラッグを入れたと疑われ、妊娠を告白した女性は大勢から暴行を受け錯乱状態に・・・。
プロダンサーによる見事なダンスパフォーマンスはもちろん、何かが起きそうな不気味な雰囲気が漂う展開に引き込まれてしまう作品。
悲惨なクライマックスも必見です!
まとめ
いかがでしたでしょうか。
ギャスパー・ノエ監督は今回ご紹介した作品以外にも、死んだ主人公の視点から描かれた映画『エンター・ザ・ボイド』や、過激な性描写が話題となった映画『LOVE 3D』など、観客の感情を揺さぶる作品ばかりを制作してきました。
過去作は過激なシーンが多いためほとんどが「R18指定」。
そんなギャスパー監督の新たな境地ともいえる映画『VORTEX ヴォルテックス』は「PG12指定」と少しだけハードルが低くなっています。
鬼才と賛称されるギャスパー監督の世界観に足を踏み入れてはいかがでしょうか。
《ライター:sanae》
毎週金曜日は映画館に出没する某新聞社エンタメニュースライター。
子供の頃から観た映画は数知れず、気になった作品はジャンル問わず鑑賞。
日常生活を彩る映画との出会いのお手伝いができたら幸いです。
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