今回ご紹介する映画は、2007年製作のアメリカ映画『ノーカントリー』です。
監督は『ファーゴ/FARGO』で有名なコーエン兄弟で、第80回アカデミー賞で作品賞を含む4冠受賞、他にも多数の受賞歴があるなど、高く評価された作品です。
また最近ではアニメ『チェンソーマン』のオープニングに本作のパロディシーンが挿入されていることでも話題となりました。
(冒頭画像:引用https://www.facebook.com/NoCountryForOldMenMovie/)
そんな映画『ノーカントリー』ですが、本作を語る上で欠かせない要素が「シガー」という謎のキャラクターの存在です。
今回は謎の登場人物シガーに焦点を当ててこの映画の魅力を考察してみたいと思います。
映画『ノーカントリー』:あらすじとテーマ
あらすじ
1980年頃のアメリカ西部テキサス州を舞台に、ある日麻薬がらみの大金を手にした男が殺し合いに巻き込まれる。
大金を持って逃走する男モス(ジョシュ・ブローリン)、その彼を追う誰もが恐れる殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)、そしてシガーを捕らえようとする保安官ベル(トミー・リー・ジョーンズ)らの思惑が交錯しながらスリリングに物語が進んでいく。
テーマ
表面的にはサスペンスとスリラー要素の強い映画ですが、「運命論」「無神論」「善と悪」といったテーマを扱っているので、哲学的な主題に興味がある方はより楽しんで鑑賞できる作品です。
殺し屋らしからぬルックス、シガーとは?
最強の殺し屋シガーは『ノーカントリー』最大の魅力といって差し支えない存在です。
作中でキャトルガン(家畜の牛を殺すために使用する銃)で無慈悲に殺人を繰り返すキャラクターですが、彼の位置づけは簡単に言ってしまえば「悪の体現者」です。
その圧倒的な強さで次々と人を襲っていく姿は華麗でさえあります。
しかしシガーは、ただ強いから魅力的な悪役という存在なのではないのです。
シガーは人殺しをまるでゲームのように捉えているところがあり、作中ではコイントスによって相手を殺すかどうか決める場面があります。
また「おかっぱ頭に仏頂面」という、一度見たら忘れられない最強の殺し屋らしからぬ異様なルックスからもわかるように、直観的に「なんかやばい奴」という雰囲気を醸し出しています。
そしてシガーの異色さは名前からも感じられます。
一応彼にはアントン・シガーという名前はあるのですが、名前そのものが異色なのです。
どういうことかと言うと、日本人名で例えると、アントン・シガーとは「えわふな たぬか」みたいな感じ(音として発音はできるし名前っぽく聞こえるが実在しなさそうな名前)に聞こえるのです。
さらに、「シガー」という音も英語のシュガー(砂糖)の音と似ていて、彼の「冷酷な殺人者」というアイデンティティとはかけ離れていてまた皮肉が聞いているなと思います。
このように、単なる「殺し屋としての能力の高さ」以外の突っ込みどころがシガーには詰まっているため、シガーは『ノーカントリー』において最強のキャラクターとなっているのでしょう。
不気味な瞬間、「真新しくて原始的な悪」
『ジョーカー』、『ダークナイト』におけるジョーカーと同様、シガーは存在感のある魅力的な悪役ですが、シガーというキャラクターの異様さは「真新しくて原始的」という表現ができると思います。
例えばシガーのアイコンともいうべきおかっぱ頭は、「殺人鬼」と結びつかなければただのヘアスタイルです。
むしろちょっと「面白い」「ださい」というイメージさえ持たれるかもしれません。
典型的な悪役キャラクターとは一味も二味も違っています。
彼が唐突に繰り出すコイントスも、誰かの人生が懸かっていなければ、ただ2つの選択肢のどちらかを選ぶための行為です。
スポーツで攻守を決めたりする時に便利なもの、程度の認識だと思います。
おかっぱ頭やコイントス等、日常にありふれているものや見慣れたものが、シガーを通して不気味なものとして感じられる瞬間に立ち会うのが、『ノーカントリー』なのです。
精神科医フロイトは、どういうものに不気味さを感じるのかということについて、「わたしたちの馴染みのあるものに対して、抑圧されていたものが再び立ち現れる時に不気味だと感じる」と論じました。
『ノーカントリー』の舞台となっているレーガン政権の80年代は、アメリカが大きな転換を迎えていた頃であり、「強いアメリカ」に影がかかりつつあった時代です。
観客の無意識の中で、シガーの姿からは、「強いアメリカ」への抑圧された不安が呼び起こされるのかもしれません。
悪役とは思えないミスマッチ感のある外見と言動で観客を釘付けにするシガーですが、その「真新しさ」とは別に、観客の根源的な不安を煽り、不気味さという「原始的」な怖さをもたらす姿には、抗いがたい魅力があると思います。
まとめ
シガーは圧倒的な強さを誇る存在で、劇中でいくら傷を負っても生き延びていきます。
映画『ノーカントリー』は、作家コーマック・マッカーシーによる小説『血と暴力の国』を基に製作されたアダプテーション映画でもあります。
シガーはその強烈な印象によって作品内で生き延びるだけでなく、スクリーン外でも小説、映画と言った媒体の枠を超えてこれからも存在し続けていくのだと思います。
アニメ『チェンソーマン』のオープニングから垣間見える、血と暴力の匂いもその一部だと言えそうです。
悪について、運命について、暴力について、など様々なことを考えさせられる作品です。
気になりましたら鑑賞してみてください。
参考記事:映画『ファーゴ』実話かフィクションか?ダークすぎる狂言誘拐のクライムサスペンス!
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