今回、紹介するのはミン・ヨングン監督の韓国映画『ソウルメイト』です。
本作は、第93回アカデミー賞において国際長編映画賞にノミネートされた香港映画『少年の君』のデレク・ツァン監督のデビュー作『ソウルメイト/七月と安生』(21)のリメイク作品になります。
ツァン監督については、『ベイビー・ドライバー』『ラストナイト・イン・ソーホー』などのヒット作を生み出し続けるエドガー・ライト監督をも唸らされる実力の持ち主。
今回のミン・ヨングン監督が手掛けた『ソウルメイト』はそのリメイク作ということで、映画ファンからも大きな期待が寄せられていました。
決して期待を裏切らなかった今作、それでは、韓国版リメイク作品と香港版作品ではどんな違いがあるのでしょうか?
(冒頭画像:引用https://klockworx-asia.com/soulmatejp/)
あらすじ:絵に秘められた“心”
ある日、ギャラリーに訪れたミソ(キム・ダミ)の前には、高校生の頃の自身の姿が描かれた絵画だった。
絵画の公募展で大賞に選ばれたその作品の作者は「ハウン」(チョン・ソニ)。
ミソとハウンは、小学生からの大親友。
育った環境は違うものの2人は、同じ時間を過ごす大切な存在だった。
しかし、作者について問われたミソは一言…「もう何年も連絡はとっていません」。
2人の間に何があったのか、そこには誰にも語られなかった2人だけの秘密があった―。
香港版と韓国版、徹底比較!!
映画『ソウルメイト』は、観ている中で、鑑賞者一人一人が人生における「大切な存在」を心の中に思い浮かべながら思いをはせる作品です。
筆者も思わず、静かに涙する場面がいくつもありました。
では、リメイクされた韓国版『ソウルメイト』(以下、本作)と表記は、香港版『ソウルメイト/七月と安生』(以下、原作と表記)とどんな違いがあるのでしょうか?
ここからは、ネタバレも含まれますので、読む際は十分にお気をつけください。
作品愛を感じる、現代に合わせたリメイクの数々
本作は、原作にちりばめられた細かい設定を、現代に合わせた形で変更を加え、さらに時系列をいくつにも分けて「回想シーン」として上手に表現しています。
例えば、ミソとハウンは互いの名前をモチーフにしたイヤリングを何年にも渡って大切にしながら過ごします。
ですが、原作においては「イヤリングなんて似合わない」といって主人公たちを“つなぐもの”としては使われていません。
また、原作では2人の運命を大きく変える男性ジアミン(本作のジヌ)が、アンシェン(本作のミソ)に対して「チーユエ(本作のハウン)のどこが好き?」と聞かれて「全部」と答える場面があります。
本作では、ジヌがミソに対してではなく、ミソがジヌに対して「ハウンのどこが好きなの?」と問いかける場面に変わっています。
さらに、ここで「全部」と答えたジヌに対して、ミソは「全部なんて、(ハウンのこと)何も知らないのね」と告げるのです。
こうした変化は、原作を鑑賞したことがある人からするとクスッと笑えるものばかりではありますが、これが作品により深みを与えているのです。
3つの大きな設定変更
そのうえで本作では3つの大きな設定変更が加えられています。
(1)「ウェブ小説」から、感情移入しやすい「絵画」へ
本作では、ミソを過去への回想へと誘うのが冒頭に登場する「絵画」です。
作者であるハウンと専属契約をしたい学芸員が連絡をとるために情報を調べているときにたどり着いたのが、ミソとの思い出が綴られたブログだったのです。
実は原作においては、回想へと誘うものが「ウェブ小説」なのです。
これはネット小説の商業化先進国ともいわれる韓国ならではの設定であり、韓国ではネット小説を読みながら育った人が多いことが背景にあると考えられます。
しかしながら、他の国々はそうではない、そこでその要素をどの国でも通用する「ブログ」に落とし込んだのでしょう。
さらに「絵画」を使用することで、映画内の場面と結びつき、観客も感情移入しやすくなっているのです。
(2)消えるのは「男性」ではなく「女性」
回想の終盤に進むと、ハウンが、ジヌとの結婚式の場から姿を消す場面があります。
ここで、何かを決意したハウンの姿、そして「自由」を手にするハウンの姿が観客には映し出されます。
この場面、原作を知っているとより強い意思を感じ取ることができます。
この場面が、原作では実はジアミン(本作のジヌ)が、パーティーの場から姿を消すのです。
つまり、女性が男性に振り回されるという状況が描かているのです。
しかし、本作はその立場が逆転している…これは時代の流れをくみ取った自然なものです。
とはいえ、原作でものちに姿を消したのはチーユエ(本作のハウン)のお願いによるものだということが分かります。
しかしながら、リメイク後の方が、ハウンが強い意思をもって「自由」を手に入れようとしている様子が伝わります。
(3)「同棲」ではなく「シェアハウス」
姿を消したハウンは、ある日、ミソの目の前に現れます。
そして、ミソは自身が暮らしている「シェアハウス」へとハウンを招きます。
そこは、大家である女性と、食堂で働く女性、そしてミソの年齢が異なる3人の女性がルームシェアしている家なのです。
原作では、アンシェン(本作のミソ)は、自身の恋人と同棲している家へチーユエ(本作のハウン)を招き、結婚を考えていることを告げます。
そう考えると、本作はジェンダーについて問われる時代に合わせ、結婚以外の選択肢も観客に与えているように感じ取れます。
ミソが描く「心」とは?
本作『ソウルメイト』では、ミソとハウンが「絵画」で結ばれています。
幼い時に拾ってきた猫を見ながらスケッチをする場面がありますが、ハウンが写実的なものであるのに対し、ミソは独創的なタッチで猫を描きました。
ミソは絵の説明をする中で「これが“心”」と言い、ハウンは絵に心を描くことができることを知ります。
2人を結ぶ様々な絵画は、最終的に高校時代のミソの姿を描いた1枚の絵画へと繋がっていきます。
本作をご覧になった方はわかると思いますが、大切なのはハウンが描き終えることができなかった絵を、ミソが描き終えるということが何よりも大切なのです。
様々なすれ違いはありましたが、1枚の絵に2人の想いは重ねられ、描かれて本作は終わるのです。
あなたには「誰にも語りたくない大切な思い出」はありますか?
恋人でもない、親友という表現だけでは物足りない、誰よりも大切な存在。
ソウルメイトに対する想いを胸に、もう一度作品の余韻に浸ってみてはいかがでしょうか?
《ライター:ファルコン》 クリックで担当記事一覧へ→
記事をご覧いただきありがとうございます。
映画と音楽が人生の主成分のライターのファルコンです。
学生時代に映画アプリFilmarksの“FILMAGA”でライターをしていました。
大人になって、また映画の世界の魅力を皆さんにお伝えできれば、と思いライター復帰しました。
記事の感想などありましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
韓国版『ソウルメイト』、映画館に観に行きました。
原作(中国・香港合作版)『ソウルメイト/七月と安生』(2021年)は、観ていません。
ファルコンさんが、韓国版は「現代に合わせてリメイク」されていると書かれていましたが、原作も2021年の映画ではあります。
韓国版のみが、映画内での時代設定や時代背景を現代に合わせているということでしょうか?
いずれにせよ、本作では、韓国、済州島の美しい風景をたくさん感じることができます。
済州島は、日本の空港からも直行便が出ている韓国有数の観光地の1つです。
いつか行ってみたいものです。
コメントありがとうございます。
両作とも近年製作された作品で間違いありません。しかしながら、韓国版は現代の社会情勢や時代の流れをより汲み取って製作されているように思えます。そのポイントが書かせて頂いた3点、「ウェブ小説からブログ、絵画への変更」「女性自身が選択する姿への変更」「シェアハウスへの変更」です。筆者の主観ではありますが、中国版にはなかった新たな視点だと感じました。
こうした素晴らしいをつくった韓国に、私自身もまだ行くことができていないので、是非足を運んでみたいものです。
コメントへの返信、ありがとうございます。
韓国文化、主に若者文化の補足とファルコンさんの記事の内容をもう1度考えさせていただきます。
まず、「ウェブ小説からブログ、絵画への変更」ですが、韓国の大多数の若者が読んでいるweb漫画にウェブトゥーン(웹툰)があります。
ウェブ小説は、ウェブトゥーンの原作であったりもするので、同じく人気があると考えます。
また、代わりに出てきた絵画について、韓国の若者の中には、文化生活として展示会(전시회、韓国では美術展のようなものを展示会といいます。)に行く人も多いので、その点を現代に合わせたのかもしれません。
次に、「女性自身が選択する姿への変更」、こちらは、ファルコンさんの考察の通りだと思います。特に、劇中では、韓国女性の主導権を持つ感じが強く描かれていました。
最後に、「シェアハウスへの変更」ですが、同じ年代の人とのシェアハウスならまだしも、劇中の設定のようなシェアハウスは初めて観たので驚きました。
韓国の現代を忠実に描くなら、同棲あるいは半同棲中の家を訪ねる方がしっくりくるのかなと感じてしまいました。
また、結婚するまで実家を出ない人も多いです。韓国では、不動産の価格が高騰しており、学生、社会人での一人暮らしが難しい場合があります。
その意味では、韓国版『ソウルメイト』のシェアハウスの形態もあるかもしれませんが…。
いずれにしろ、現代の女性が強く生きる姿を描きたいという点は、同じだと思います。
原作(中国・香港合作版)『ソウルメイト/七月と安生』(2021年)を観て、もう1度考えてみようと思います。