今回紹介する映画は、ラブストーリーを通して一人の女性が抱く人生の悩みを描いた映画『わたしは最悪。』です。
多くの才能に恵まれながら、自身の本分を決めきれないと悩むヒロインが、さまざまな人との出会いを通して自分を見つめなおしていく姿を描きます。
『テルマ』『母の残像』『リプライズ』などを手掛けたヨアキム・トリアー監督が、監督・製作総指揮・脚本を担当しました。
映画『わたしは最悪。』作品情報
2021年第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で女優賞を受賞、2022年第94回アカデミー賞では国際長編映画賞と脚本賞の2部門にノミネートされた異色の恋愛ドラマ。
キャストには『アサイラム・バスターズ』などのレナーテ・レインスヴェが主演を担当、トリアー監督とは『オスロ、8月31日』で仕事を共にしており、久々のタッグとなった本作ではカンヌ映画祭で女優賞を受賞しました。
他にもアンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラムらノルウェー出身の実力派俳優が脇を固めています。
映画タイトル | わたしは最悪。 |
原題 | The Worst Person in the World |
監督 | ヨアキム・トリアー |
音楽 | オーラ・フロッタム |
出演 | レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム ほか |
公開日 | 2022年7月1日(金) |
公式サイト | https://gaga.ne.jp/worstperson/ 【YouTube:予告編】 |
■2021 /ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/128分/字幕翻訳:吉川美奈子/後援:ノルウェー大使館 R15+
映画『わたしは最悪。』:あらすじ
医学生、心理学者からカメラマンと、異色の転身を続けてきたユリア(レナーテ・レインスヴェ)。
彼女は30歳という節目を迎えながらも、いまだ人生の方向性が定まらずやきもきした気持ちで毎日を過ごしていました。
あるきっかけで出会った年上の恋人アクセル(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)はグラフィックノベル作家として成功、しかし二人の生活の中で子供を欲しがったりと、さらに彼女の悩みを深いものにしてしまいます。
そんな中、ある夜に街中でとあるパーティにこっそり紛れ込んだユリヤは、ふとアイヴィン(ハーバート・ノードラム)という一人の男性と出会い、恋に落ちてしまいます。
これをきっかけにアクセルと別れ、アイヴィンと新しい生活を始めようとしたユリヤでしたが…
「普通の人」から遠くない人物像
自身の進むべき道を決めるどころか、その方向性さえ定まらず人生に迷走する主人公ユリア。
物語におけるユリアは、当初医学の道を目指し、心理学、カメラマンと異色の方向転換を遂げていきます。
さらには著名な漫画家であるアクセルと理想的な恋人に恵まれ…と、ある意味多くの素養に恵まれたキャリアガールという設定で描かれています。
この人物像だけを見ると、随分と浮き世離れした人間のイメージを感じるかもしれませんが、意外にも本作の物語からは「普通の人間だからこそ共感できる」印象を受けることでしょう。
そこには、時代的な流れの中に見える「迷い」「生きづらさ」といったテーマと重なるものがあると考えられます。
例えば日本のバブル崩壊時期、1990年代初頭までの傾向を振り返るといかがでしょう?
高度経済成長を遂げた社会の中で、少年、青年の将来は「安定した生活が送れること」を目標とし、揺るがない保証が得られる仕事場を選ぶことが、ある意味美徳のようにも見受けられました。
この状況からバブル崩壊、そしてリーマンショックという大事件を経た後は「大会社だからと、必ずしも安泰ではない」という考えも人々に浸透し、こうした傾向は崩れていきます。
一方、インターネットの普及など社会インフラの大きな様変わりも手伝って、若者は門出を迎えるにあたり多くの選択肢を持つことができていると見ることもできます。
ところが本人にとっては、逆に多くの選択肢、そして多くの人のアドバイスなどさまざまな要因もあり、逆に「何を選択すべきか」ということを決めあぐねてしまうという傾向も考えられるわけです。
その意味で本作は、悩める一女性をラブストーリー間にまで絡めながら、普遍的な現代の一場面を描いた作品であるともいえるでしょう。
女優としての魅力あふれる、レナーテ・レインスヴェの表情
本作は第94回アカデミー賞でも脚本賞と国際長編映画賞にノミネート、他にも数々の映画祭などで栄えある賞を獲得しました。
そんな中、主演のレナーテ・レインスヴェが第74回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞と、高い評価を得ています。
彼女の魅力は、なんといっても表情による表現力の豊かさ。
単に多くの表情を持っているというのではなく、役柄の感情に沿った表情の見せ方に秀でた才能を見せています。
整ったその容姿と多くの素養に恵まれ、男性から熱い視線を浴びる才女という役柄にピッタリ。
ところが一方で例えば自身のエゴを前面に置き、パートナーの信頼を失うような失態を見せてしまった時には「誰からも嫌われる女」を見事に演じ切っています。
本作の一番の見せ場は、クライマックスのアクセルとの長回しによる会話シーン、そしてラストで見せる意味深な笑顔。
本作はいわゆるエンディングがさまざまな方向に考えられる、結末がハッキリしていない物語なのですが、レインスヴェの表情はその結末がそのような締め方になった意味を最大限に表現しているといえるでしょう。
物語の本筋に共感できないと、このエンディングから自身のイマジネーションを引き出し、その余韻を楽しむのは難しいかもしれません。
しかしレインスヴェの演技は、本作が『私は最悪。(The Worst Person in the World)』というタイトルをつけられた意味、そしてそんなタイトルからポジティブなメッセージを感じられる要素の一つとして重要なポイントとなっているといえます。
レナーテ・レインスヴェ(Renate Reinsve)
誕生日:1987年11月24日生まれ
星座:いて座
身長:178cm
出身:ノルウェー
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意外性のある映像、的確に取り込むセンスの確かさ
また本作はジャンルとして「ラブストーリー」に分類される作品ですが、その表現方法は技術的にもかなり多彩です。
物語の出だしは何の変哲もない人物劇の連続でありますが、物語が進行していくにつれ主人公ユリアの内心、妄想的な情景がもつれ込み、現実離れした情景が展開に割り込んできます。
本作ではこの展開の中で、時にフリーズタイムエフェクトなどの特殊効果で、ユリアの視点を現実から妄想へと切り替えたりとトリッキーな映像手法を採用しています。
そのシーンが現れるとつい「おっ?」と驚かされるのですが、そのシーンが変に目立ってしまわないものとなっており、物語の展開に対して非常に効果的な画作りをしていると認識できるでしょう。
一方で、俳優陣の力量が問われる舞台作品的な長回しの会話シーンなど、アナログ的な場面が微妙に交差したりと、「異色の恋愛ストーリー」と呼ばれる所以が存分に発揮されています。
しっかりとした物語の屋台骨に大胆な映像手法を効果的に入れるその技量は、本作が高い評価を受けた所以であると思えてくるところでもあります。
《ライター:黒野でみを》 クリックで担当記事一覧へ→
40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度から「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。
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