
映画『アイリッシュマン』は、第二次大戦後まもないアメリカでいわゆる裏社会に生きた殺し屋家業、フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)の自伝的物語です。
フランクが死ぬ前に語った回想録、「I Heard You Paint Houses」(チャールズ・ブラント作)を原作に、マーティン・スコセッシ監督が映画化した話題作です。
フランクが仕えた、シチリア出身マフィアのボス、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)。
ラッセルの紹介で、「仕事」の発注人となった政財界の黒幕ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)。
この三人の悪行を軸に、当時の混沌としたアメリカがあぶり出されます。
「アイリッシュマン」の意味は、アイルランド出身者
「アイリッシュマン」は、アイルランド出身の移民であるフランクのことを指しています。
時代背景も、主要人物のラッセル・バファリーノ、ジミー・ホッファ共に日本ではほとんど馴染みがありません。
しかし、移民で成り立つアメリカならではの「裏社会」「闇社会」の実態には驚きます。
なにより、今も謎の多い元大統領ジョン・F・ケネディの暗殺にもかかわっていた可能性の示唆や、弟ロバート・ケネディ司法長官との駆け引きなどは興味を示さずにはいられません。
さて、映画の冒頭にも出てくる「I Heard You Paint Houses」。
これは、フランクがラッセルからジミーを紹介され、電話で話した時のセリフです。
「フランク、お前は家のペンキ塗りをやっているんだろ?」。
しかし、スラングはとんでもない意味だったのです。
「アイリッシュマン」、あらすじと登場人物
(引用:https://www.facebook.com/TheIrishmanFilm/)
アメリカ社会を牛耳った、ジミー・ホッファ
「ペンキ塗り」とは、なんと、人を殺した時の血しぶきで家の壁が染まること。
そもそもジミー・ホッファは、全米トラック運転組合の委員長として豊富な運営資金を運用できる立場にありました。
資金力にモノを言わせ、政財界はもとより裏社会への融資をテコにマフィアとも繋がるという、文字通り当時のアメリカ社会を牛耳る存在でした。
ジミーがフランクに期待したのは、自分の仕事の邪魔になる者を殺すという汚れ仕事。
収入の少ないトラック運転手だったフランクは、家族のためにと割り切り悪事に手を染めていきます。
フランクが殺し屋家業に向いていると見抜き、リクルートしたのがマフィアのボス、ラッセルでした。
雇い主から言われるまま、平然と人を殺せるのはフランクの戦時中の経験にありました。
ヒットマン、フランク・シーランの殺し屋家業
フランクが語る大戦中の経験はこうでした。
上官から、つかまえた捕虜を山中に連れて行けと命令される。しかし、その後のことは何も言われない。
黙々と穴を掘る捕虜たち。その時、フランクはそのまま殺して埋めるという理解をするのです。
映画の中で、フランクがヒットマンとして数々の暗殺をこともなげに実行する様子が映し出されます。
見どころは、フランク演じるロバート・デ・ニーロの、感情をあまり表に出さずに「フッ」と表情を変える瞬間。
言われたことは確実に実行し、何もなかったかのように去っていく…。
ロバート・デ・ニーロの、殺人マシーンになり切った自然な演技は恐ろしくさえあります。
ギャング映画の名優・俳優、そして監督がそろい踏み



さて、この映画の楽しみ方のひとつで、マフィアあるいはギャング映画のベテラン俳優が久々に見られること。
禁酒法時代のギャングを描いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)、70~80年代のラスベガスを描いた『カジノ』(1995年)などで一世風靡したロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシが今回も共演します。
また、イタリア系アメリカ人のドン、コレルオーネを描いた『ゴッドファーザー PART II』(1974年)では、アル・パチーノとロバート・デ・ニーロがは共演しています。
それぞれの映画で見せる凄味は、「本物」のマフィアそのもの。
3人に加え、監督は数々のマフィア映画やギャング映画を撮ってきたマーティン・スコセッシ氏です。
往年のファンにはたまらない、同窓会の様相を呈しています。
参考:『カジノ』
「アイリッシュマン」、長いが退屈しないエンディング
(最後のネタバレなし)
3時間以上の長い映画ですが、後半以降、クライマックスに向けた緊張感が持続していきます。
ひとつは、突然のケネディ大統領の暗殺ニュースに唖然とする彼らの顔。
しかし、その表情から本音を見ることはできません。
言えることは、マフィアたちには大きなエポックとなります。
もうひとつは、少しネタバレになりますが、絶妙のバランスで保たれていた主役3人の間に流れる不穏な空気。
ベテラン俳優3人の、時に荒々しく時に静かに感情を表す場面をぜひ楽しんで下さい。
まとめ~アクション映画だけでない、最後の「死」~
実はこの映画、「ペンキ塗り」から連想する血なまぐさい殺し合いばかりではありません。
かと言って、アクション映画によくあるスッキリ感もありません。
大きな特徴は、ひとつの時代に生きた人間の「詰まるところの行先」まで追っています。
どんなに覇権や栄華を極めようが、また、どんなに悪事の限りを尽くしても、最後に迎えなければならない「死」について知らしめてくれます。
追伸
アン・ハサウェイ主演の映画『マイ・インターン』は、悩む女社長と定年後の見習社員(ロバート・デ・ニーロ)との交流を描いた、心温まるドラマ。
しかし、お気を付けください。
もしロバート・デ・ニーロのイメージが『マイ・インターン』だったら、『アイリッシュマン』は見ない方がいいでしょう。