A24史上最大規模の制作費と、オープニング最高記録を樹立した『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が、ついに日本でも公開されました。
アメリカの大統領選挙前に公開する、という日本の配給会社の皮肉っぷりも話題となっています。
本作は、内戦についての詳細は一切説明がありません。
その点が現地アメリカで話題となった要因の一つとなっているのですが、日本にいる我々からすると、観る人によっては”置いてけぼり”を食らってしまう可能性がある作品であることはたしかです。
そこで、個人的な解釈・見解にはなりますが、基礎知識を押さえながら、本作が訴えかける「ジャーナリズム」と「情報への向き合い方」について解説していこうと思います。
(冒頭画像:引用https://www.facebook.com/a24)
あらすじ:What kind of American are you?
50の州で構成される連邦国家、アメリカ。
ある日突然、19もの州が離脱し、すべてが崩れた。
テキサスとカリフォルニアの同盟からなる「西部勢力」と政府軍の間で内戦が勃発し、瞬く間に国中が巻き込まれた。
4人のジャーナリストは現状を伝えるために、大統領がいるホワイトハウスへと向かうことにするが…。
これは近い未来、アメリカの現実世界で起こるかもしれない“架空”の物語です。
鑑賞前の基礎知識、アメリカの2つの秩序が崩壊!
米大統領、「3選禁止」というルール
本作は序盤に、アメリカ合衆国大統領が重々しい雰囲気で演説の準備をする場面が映し出されます。
そして、さらっと「就任3期目」という表現が使用されることで、端的に「秩序の崩壊」が表現されているのです。
なぜ、この表現からそれが読み取れるのでしょうか?
それは、アメリカは憲法に基づいて、選挙において「再選」は可能ではあるが「3選禁止」というルールがあるからです。
アメリカの憲法は、州レベルの憲法を除くと、国として様々なルールが明文化された“世界最古”と称されるもの…このルールが成り立っていない時点で、憲法はあってないようなもの。
つまり、秩序が崩壊しているのです。
相反する考えの、2州が同盟を組む?
そして、もう一つ、同じく序盤で“あり得ないこと”が起きていることも分かります。
それが、テキサスとカリフォルニアが同盟を組んでいるという状況です。
アメリカでは選挙の際に、支持する政党が伝統的に州ごとに決まっているのです。
テキサス州は共和党支持の傾向が非常に強く、カリフォルニア州は民主党支持の傾向が非常に強い州なのです。
つまり、2つの相反する考えをもつ州が同盟を組むことが“あり得ないこと”なのです。
日本人からすると、この基礎知識がなければ、ただただ映画が不穏な雰囲気ではじまっただけ…しかしながら、分かったうえで観ると、その“崩壊した世界”が現実味をおびてきます。
なぜなら、この世の中には絶対的なものはなく、いつ何が起こるか分からないからです。
ジャーナリスト視点の本作、その先にあるものとは?
『シビル・ウォー』は、内戦の当事者ではない第三者の立場にあるジャーナリストたちの視点を通して、内戦の恐ろしさを伝えているように思えます。
しかしながら、私自身はそんな単純な作品ではないように感じました。
ここからは個人的な見解が多く含まれる、かつ※作品のラストについても触れるので、ご容赦ください。
そもそも、「ジャーナリズム」とは?
本作を観た時に、大学の授業で恩師の言葉を思い出しました。
Jornalとは「書き留めること、記録」のこと。
そこに“ism”を付けると「一定の視点で記録する」意味のJornalismになる。
英単語に“~ism”がつくと、日本語にすると“~主義”という言葉になります。
映画の中でも、ジャーナリストたちの会話の中で「私たちは、起きていることを記録することが仕事だ」という趣旨の言葉を述べていますが、実際にはどうなのでしょうか?
主義とは、その人のもつ主張や考え、思想のことを指します。
つまり、報道写真家いわゆる戦場カメラマンとして現地の状況を伝えるために奮闘する主人公たちではありますが、そこには何かしらの個人的な主張や思いがこもってしまっているのです。
このことは、予告編でも登場する「What kind of American are you?(お前はどんな種類のアメリカ人なんだ?) 」というセリフが示唆しているように感じます。
そのうえで、さらに私は鑑賞中に2枚の有名な写真が頭の中に浮かびました。
ピューリッツァー賞を受賞、2つの有名な写真
両方ともジャーナリストに贈られる最高の栄誉ピューリッツァー賞を受賞している写真作品です。
ケビン・カーター:「ハゲワシと少女」
この『ハゲワシと少女』という写真は、教科書などにも載っている有名な写真なので、一度は目にしたことがあると思います。
この写真は南アフリカで、報道写真家ケビン・カーター氏が撮影したものです。
当時、南アフリカは10年以上も内戦が続いあと、日照りが続き深刻な食糧不足に陥っていました。
さらに報道規制もされていたため、この状況を世界は知らなかったのです。
そこで、世界に現状を伝えるためにカーター氏はシャッターを切ったのです。
私たちはたった一枚の写真を見て、様々なことを思いめぐらすはずです。
ですので、カーター氏の意図はしっかりと意味をなしています。
実際、この写真は栄誉ある賞を受賞しています。
しかしながら、彼はこの賞を受賞して、しばらくして自殺したのです。なぜなのか…?
実は、この写真をめぐり「目の前に餓死しそうな少女がいるのに、救うより先に写真を撮った」というバッシングを受けたのです。
どちらも命を助ける行為にはなりますが、世界にその現状を伝えた彼は思い悩み、結果として命を絶ったのです。
主人公リー(右)(キルスティン・ダンスト)は受賞歴もあり、序盤こそ新人カメラマンのジェシー(左)(ケイリー・スピーニー)に、報道写真家のいろはを伝えていますが、徐々に陰りが見え始めます。
これも詳細については語られませんが、自身の国内で起こっている内戦を通して、これまでのキャリアも含めリー自身がジャーナリズムに懐疑的になってしまったのです。
これは、カーター氏と重なっているように感じます。
ジョー・ローゼンタール:「硫黄島に掲げられた星条旗」
この写真も一度は目にしたことがあると思います。
この写真は太平洋戦争の中でも激しい戦いとなった硫黄島で撮られた写真です。
この写真は、日本軍にとっての生命線とされた硫黄島をアメリカ軍が制圧したことを意味するものです。
掲げられた星条旗を観てアメリカ軍の兵士は士気が高まったという…。
しかしながら、あまりにも完璧な写真の構図に、当時は「やらせ」ではないかという議論が起こり、非難が後を絶たなかったそうです。
『シビル・ウォー』の新人カメラマンのジェシーは、成長の証なのか、最後に完璧な写真を自身のカメラでおさめることに成功します。
それは、報道写真家リーの死の瞬間です。
これこそ、完璧な構図…私たちはそれが偶然だと知っていますが、知らずに見たら様々な議論を巻き起こすことが容易に想像できます。
私たちが見ている、その背景にあるもの
私たちは、様々なメディアを通して世界で起こっているすべてを見ることができます。
特に、各地で戦争や内戦があとを絶たない現代において、その情報は必要不可欠です。
しかしながら、その背景には様々な立場のジャーナリストたちがいます。
そして、そのジャーナリストから情報を受け取って、私たちに伝える立場の新聞やテレビ局などで働く人たちがいます。
本作の中に登場した4人のジャーナリストたちが三者三様でしたが、私たちに実際に情報を伝えている人たちは彼らに当てはめるとどのジャーナリストに近いのでしょうか?
単純化された世界で生きる私たち
アメリカのジャーナリスト、ウォルター・リップマンによれば我々はマスメディアによって単純化された世界に生きていると主張しています。
現実世界では複雑な状況が絡み合って様々なことが起きています。
しかしながら、私たちに情報を伝えるにあたり「善と悪」のように、非常に単純化された情報だけがおりてきます。
多様化の時代ではありますが、それでも人間は「ステレオタイプ(固定観念)」に囚われやすい生き物です。
ひと昔前の「男らしさ」「女らしさ」という表現のように、物事を二極化することで議論しやすいように自分たちでしてきたのでしょう。
しかも厄介なことに、他の意見と比べるといった面倒くさい作業をすることはしない人が圧倒的に多いはずです。
だから「ジャーナリズム」に潜む「ism(主義)」に気づけずに、すべての情報を鵜呑みにしてしまうのです。
まとめ:どんな種類の日本人?
劇中でも、シリアスな場面でポップな音楽が流れていましたが、あれは普段のメディアの状況に近いです。
印象操作や世論操作は非常に簡単にできてしまうのです。
情報との向き合い方、これはしっかりと考えなければなりません。
それでは、最後に皆さんに問います…
What kind of Japanese are you?あなたはどんな種類の日本人ですか?
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映画と音楽が人生の主成分のライターのファルコンです。
学生時代に映画アプリFilmarksの“FILMAGA”でライターをしていました。
大人になって、また映画の世界の魅力を皆さんにお伝えできれば、と思いライター復帰しました。
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