今回ご紹介するのはイギリス映画『ゴッズ・オウン・カントリー』(17)です。
本作は男性同士の恋愛映画であるとともに、リアリズムの視点から現代イギリスの姿を描いた素晴らしい映画でもあります。
今回はあらすじをなぞりつつ、現代イギリスの特徴について捉えていきたいと思います。
(一部ネタバレあり)
『ゴッズ・オウン・カントリー』:あらすじ
イギリス北部ヨークシャーで牧場を切り盛りするジョニーのもとに、羊の出産時期を手伝うためルーマニアから期間労働者のゲオルゲがやってくる。
二人は険悪なムードを漂わせながら共に牧場の仕事をするようになるが、やがてお互いに惹かれ合っていく。
主演のジョニーを『ライオット・クラブ』のジョシュ・オコナーが、ゲオルグをアレック・セカレアヌ演じる。
差別用語「ジプシー」
ルーマニアからやってきたゲオルゲをジョニーが迎えに行くのですが、ジョニーはゲオルゲの出身を知ると彼を「ジプシー」と差別用語で罵ります。
当然ゲオルゲは気分を害し、すぐさま「やめてくれ」と返すのですが、このシーンに漂う雰囲気は映画公開当時のイギリスの世相とも合致します。
ジョニーの発言は、当時EU離脱議論の最中にあった国民の多くが感じていたであろう移民に対する排外主義のムードの高まりを示していると考えられます。
イギリスはEU加盟国からの移民流入が多く、その流れをコントロールしたいという強い民意がEU離脱派を勢いづけていました。
またルーマニアは2007年ブルガリアとともにEU加盟国入りした、加盟国としては比較的新しい国であり、加盟に際してもEU加盟国からは行政整備の遅れや汚職に対する悪いイメージを持たれていました。
ジョニーの発した一言も時代背景を踏まえると、イギリス市民の声としても受け取れる気がします。
移民労働者へのまなざし
衝突はあったものの、なんとかジョニー一家の切り盛りする牧場にゲオルゲを迎えた翌日、父との約束でゲオルゲと朝から牧場に行く約束をしたジョニー。
しかし、その夜にパブで酔いつぶれて帰宅できず、外で寝落ちしてしまった結果、約束を破ってしまいます。
対して、約束通りに牧場へ向かったゲオルゲは子羊の出産を器用にこなし、ジョニーの父から信頼を得ていきます。
このジョニーとゲオルゲの行動からは、排外主義を唱えながらも現実は外国人労働者によって国内経済が支えられているイギリスの現状が透けて見えてきます。
「イギリス人」とは、誰のことなのか
羊の出産がピーク時期になり、ジョニーとゲオルゲは二人で山に籠りながら仕事をするようになります。
仕事中、ゲオルゲが生後すぐに死んでしまった子羊の皮膚をはぎ取り、他の生まれたての子羊に着せてやるシーンがあります。
一見グロテスクですが、ゲオルゲが極寒の自然で生きる子羊をあたためてやろうという、彼のやさしさが感じられる場面です。
同時に、このシーンで死んだ子羊は皮膚の毛布となり、これからを生きる子羊を支えていく力となっていくことを示しています。
これは英語というメディアを通じて外国人であるゲオルゲが、イギリスのジョニーの牧場を継承していくこととパラレルの関係にあります。
映画が大体半分経ったところで挿入されるシーンということもあり、本作における重要な画であることは間違いありません。
このシーンから言えるのは、血統がナショナリティを決めるのではないということ。
その場所にふさわしい能力や素質を兼ね備えている者であれば、その人の国籍や出身地、外見といったものは些末な問題でしかないのかもしれません。
対等な関係を築いていく二人
(ネタバレ注意)
本作のエンディングでは次の職場である農場へと発ったゲオルゲをジョニーが呼び戻しに行き、そしてゲオルゲと共に牧場へまた戻るというシーンで終わります。
移民としてルーマニアからイギリスへの労働力移動はあっても、イギリスにいる人が移民となりルーマニアに移動するという逆ベクトルの流れは少なくとも現在まではありません。
映画というフィクションの中であっても、ジョニーがゲオルゲのためにルーマニアへ向かう姿はとても印象的な画になっています。
労働を通してイギリス人ジョニーと対等な関係を築こうとしたゲオルゲと、移民労働者としてやってきた外国人ゲオルゲと向き合い、いさかいを繰り返しながらも受け入れたジョニーの関係性は、イギリスの単なる理想像あるいは今後の姿なのかもしれません。
まとめ
個人的にはアメリカ映画『ブロークバックマウンテン』が想起されるストーリーだと思って鑑賞してみました。
確かに似ている点はあるものの、『ゴッズ・オウン・カントリー』はリアリズム視点からブレグジット問題に揺れるイギリスを描いた素晴らしい作品だと思いました。
美しく険しいヨークシャー地方の自然描写もストーリーの良さをさらに盛り上げる要素になっています。
フランシス・リー監督はなんと本作が長編デビュー作で、次作にあたる女性同士の恋愛を描いた『アンモナイトの目覚め』という映画で、第73回 カンヌ国際映画祭(2020年)オフィシャルセレクションに選ばれました。
これからも活躍が期待できる監督です。
この記事で本作に興味を持ちましたらぜひご覧になってみてください。
《ライター:すどうゆき》 クリックで担当記事一覧へ→
こんにちは。
考察文たのしく拝読させていただきました。台詞が少ないだけに、表情や比喩表現で解釈が色々とあって大好きな作品です。
一点気になったのが、「本作のエンディングはでルーマニアへ帰ったゲオルゲをジョニーが呼び戻しに行き、…」とありますが、ゲオルゲはルーマニアに帰ったのではなく、次の働き先であるイギリス北部のじゃがいも農場へ行ったはずです…
もう一度作品を確認していただければと思います。よろしくお願いいたします。
miyさま
沢山の記事の中から本記事の閲覧ならびにコメントご投稿くださりありがとうございます。
わたしも好きな映画ですので、たのしく読んでいただけたとのこと嬉しく思います。
ご指摘の件、確かに仰るとおりでしたので記事訂正させていただきます。
この度は丁寧にご連絡くださりありがとうございました。
すどう
すどうさま
こちらこそご丁寧にご返信いただきありがとうございました!
これからも更新たのしみにしています。応援しています!