本作は、2022年話題となった『わたしは最悪。』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされたエスキル・フォクト監督の最新作です。
同時に、大友克洋の『童夢』からインスピレーションを受けて創られた作品でもあります。
これまでの考察や解説では、原作ともいえる『童夢』との比較がほとんどでしたが、本作のポイントはそこではないように思えます。
それは2021年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式出品されていることや、各国の映画祭で賞を受賞していることからも分かります。
本作に隠された、本当のメッセージとは何なのでしょうか?
(冒頭画像:引用https://www.facebook.com/movie.longride/)
あらすじ:「良いもの見たい?」
ある夏の日、イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)とその家族はノルウェー郊外の住宅団地へと引っ越してきた。
学校が休みのため友達もおらず、孤独を感じていたイーダは、団地の中に住むベン(サム・アシュラフ)に出逢う。
仲良くなる中でベンは「良いもの見たい?」と言い、秘められた力をイーダに見せる…。
これはある夏の日、無垢な子どもたちが起こした出来事をうつした物語である―。
『イノセンツ』の背景:違和感を感じる北欧社会
『イノセンツ』は、オープニングからエンディングに至るまで、とにかく不気味な空気感が漂っています。
それはBGMや、同じ北欧を舞台にした北欧ホラーにジャンル分けされる『ミッドサマー』のように明るい中で起きる恐ろしい出来事を描いているからだと筆者も思っていました。
しかしながら、最大の違和感はそこではありませんでした。
そのポイントが今作の舞台となっている国です。
幸福な国?ノルウェー、描かれる“不幸”
本作の舞台ノルウェーは北欧諸国です。
北欧と言えば、近年話題となっている男女平等社会が世界のモデルとされる地域です。
さらに「世界幸福度ランキング2023」によれば、トップ10にはすべての北欧諸国がランクインしており、舞台となっているノルウェーも7位にランクインしています。
日本で北欧の国々が注目されるようになったのは、IKEAをはじめとする家具やインテリアを扱う企業の進出や、子どもたちに知識を押し付けない独特な教育方法がメディアで紹介されるようになったからです。
その様子を見て北欧に一種の憧れを抱く人も多くなったように感じます。
しかしながら、本作で描かれる北欧社会はその様子からはかけはなれているのです。
本作は多くを語らないスタイルで一貫しており、登場人物たちの背景はほとんど分かりません。
例えば、主人公イーダに関しては、障碍を抱える姉アナに付きっきりの親から疎外感を感じ孤独に日々を過ごしています。
ベンに関しては親から愛情を受けていないようなことが分かる描写がうつります。
幸せな国であるにも関わらず、映し出されるのは「不幸せ」なのです。
北欧社会をめぐる移民問題
北欧をはじめとする福祉国家では国家のサポート体制が整っており、事情を抱える移民たちからすると夢の国だと言えます。
しかしながら、福祉先進国は税金が高いことでその国家体制を維持しているため、貧しい人々の日々の生活は困窮することでしょう。
とはいえ、北欧の国々は独特の言語を使用していることから、雇用に関しても言語の壁が問題となることが多いようです。
映画を振り返ると、友達となるベンとアイシャも北欧の生まれではないことが分かります。
ということは、何らかの理由でこの住宅団地に越してきたことが想像できます。
実際、映画の最後の方に描かれていますが、舞台である住宅団地のほとんどの家族は旅行に出かけています。
しかしながら、引っ越ししたてのイーダとアナ以外の子どもたちは旅行に行くことが出来なかった家庭だと考えられます。
金銭的にも切迫しており、おそらく養育費のために必死に働かざるを得ない家庭なのです。
そうした、世界から取り残された「不幸せな」子供たちが手にしたのがもしかしたら、作中で描かれている“力”なのかもしれません。
■参考:ノルウェーの移民問題【管理人・選】
声なき叫び:「痛み」を抱えて生きるノルウェーの移民・難民女性たち
※ファリダ・アフマディ著:アフガニスタンでの迫害を経てノルウェーに移住し社会人類学者になった著者は福祉の網の目から抜け落ちたマイノリティ女性たちの存在に気づく。10人の女性からの聞き取りから明らかになる、移民・難民の受け入れ先進国、ノルウェーの課題と実態。【引用:Amazon】
徹底考察が必要な描写、あなたはどう捉える?
筆者にはもう一つ、引っかかった描写があります。
それが後半になってから描かれる、ベンが人を操る際に相手が迷い込む異世界です。
この世界を紐解くためには、主人公イーダのある台詞が重要となります。
「わたしは、ヘビが怖いの」
イーダは作中の中で「ヘビが怖い」という発言をしています。
そして、イーダがベンに操られる際に最初に登場したのが大蛇でした。
おそらく、この異世界にうつるのはその人自身が恐怖を感じているものなのではないでしょうか?
だからこそ、相手に攻撃的な側面が引き出されてしまう…。
となると、鍵となるのがアイシャの母親です。
本作に登場してくる親の中で、アイシャの母親は子どもに対して献身的であるようにうつります。
しかしながら、アイシャと接する際に時折見せる表情や、泣いている姿は決してそうではないことが容易に想像できます。
そのうえで、アイシャの母親が迷い込んだ異世界には、バケモノの姿をした娘アイシャが登場するのです。
最初の考察をあてはめるのであれば、母親が恐怖心を覚えているのは娘そのものということになります。
世界から見える姿とは、かけ離れた北欧社会
男女平等社会が促進されているとされる北欧ですが、実際にはまだまだ家庭内での家事分担は女性に偏っています。
多くの女性が「家庭のために労働時間を抑えたい」と考える一方で、同じことを考える男性はその半数にも満たないようです。
あるサイトで見つけた、北欧の30歳女性のインタビューでこんなものがありました。
私たちはキャリアというメリーゴーランドや、仕事と家庭の両立という大海原に、強制的に投げ出されます。
ほかの選択をしていれば、仕事以外で自己実現できたかもしれないのに。前へ倣えするみたいに世間と同じであるために私は今、毎日遅くまでPCの前に座っています。
私には分からないんです。子どもを持つ女性が、どうしてやっていけているのか。少なくとも今の私の職場では、仕事と家庭の両立は無理なんです
こうした精神的に追い詰められた女性たちにとっては、もしかすると子どもの存在が時折恐怖に感じてもしょうがないようにも思います。
一つ勘違いしてほしくないのは、北欧諸国は「男女平等な国」なのではなく世界各国と比べて「やや男女平等な国」だということです。
依然として男性優位な社会が広がっており、女性の社会進出率はたしかに高いけれど、その大半はパートタイムなどの安価な賃金で働いているのです。
映画タイトル:『イノセンツ』の意味とは?
冒頭から、主人公イーダは子どもらしからぬ残虐な行為に興味を持ち、実際行っていました。
その中でベンと出逢い、危険な行為を繰り返していくのです。
しかしながら、クライマックスのベンに対する行動に関しては、イーダはどこかに「罪悪感」を感じていたように思えます。
映画のタイトルである「イノセンツ」は、元となっている「innocent」という言葉をそのまま和訳すると「無垢な」「無邪気な」という意味になります。
そうした中で、無垢な子どもたちが起こす邪悪な出来事を通して、彼らが新たな感情を理解し、成長していく一種の成長物語でもあります。
ですが、「innocent」には、他にもこんな意味があるようです。
【名 詞】:世間知らず
これは観客たちに向けたメッセージのように感じます。
まとめ:世間知らずな大人たち…
子どもたちの内面を形成するのは、ほかならぬ大人や周りの環境です。
しかしながら、私たちは「子どもってこわい」でこの映画を片付けようとします。
本質は違う…こうした子どもたちを生むかもしれない、私たちへの警鐘だと筆者は感じました。
北欧社会の認識の違いを含めて、「大人だから自分たちは大丈夫」と思い込んでいる私たちは、もしかすると“世間知らず”なのかもしれません。
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映画と音楽が人生の主成分のライターのファルコンです。
学生時代に映画アプリFilmarksの“FILMAGA”でライターをしていました。
大人になって、また映画の世界の魅力を皆さんにお伝えできれば、と思いライター復帰しました。
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