今回紹介する作品は、現実世界と並行して存在する別次元の世界とのはざまで、宇宙の存続をかけて戦う人たちを描いたアドベンチャー映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、文中『エブエブ』略)です。
平凡に暮らしていた一人の女性が突然現れた一人の男性との出会いで覚醒、多次元での自身の振る舞いに戸惑いながらも、運命に立ち向かっていく姿を追います。
本年度アカデミー賞で10部門、11ノミネート、さらに第80回ゴールデングローブ賞では4部門ノミネート、2部門受賞(主演女優賞、助演男優賞)と早くも大きな話題をさらっている本作。
しかし20年ぶりにハリウッドの劇場公開映画に復帰を果たしたキー・ホイ・クァンの演技などの見どころがある一方で、マルチバース(並行世界)というカオティックな世界観は、映像的なインパクトは大きい反面で非常に難解な作品であるという印象もあります。
今回は本作の見どころとともに、衝撃的な映像の中に込められた物語のテーマについて検証してみたいと思います。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』:作品情報
仕事、家庭の事情と不運が続く生活に追われた中年女性が、マルチバースとの往来を通して世界を救う運命を背負った姿を追うアクションアドベンチャー。
2016年のコメディー映画『スイス・アーミー・マン』で話題を呼んだ監督コンビのダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)が本作を手がけました。
主役の女性エヴリンを『シャン・チー テン・リングスの伝説』、『グリーン・デスティニー』に出演したミシェル・ヨーが担当。
エヴリンの夫ウェイモンド役を、1980年代に『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』、『グーニーズ』出演で人気を博したキー・ホイ・クァンが演じます。
さらに『ハロウィン』シリーズで名をはせたジェイミー・リー・カーティスも出演を果たしました。
映画タイトル | エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス |
原題 | Everything Everywhere All at Once |
監督 | ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート |
出演 | ミシェル・ヨー、ステファニー・スー、キー・ホイ・クァン、ジェニー・スレイト、ハリー・シャム・Jr.、ジェームズ・ホン、ジェイミー・リー・カーティスほか |
公開日 | 2023年3月3日(金) |
公式サイト | https://gaga.ne.jp/eeaao/ 【YouTube:予告編】 |
■2022年 /アメリカ映画/カラー/139分
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映画『エブエブ』:あらすじ
若くして夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)と駆け落ち同然に家を出て、ボロボロのコインランドリーに自分たちの夢を乗せ、二人の生活をスタートしていた経営者のエヴリン(ミシェル・ヨー)。
しかし店は破産寸前、結婚に反対していた父(ジェームズ・ホン)はボケているのに頑固さだけは達者、そして反抗期真っ盛りの娘ジョイ(ステファニー・スー)に、どこか頼りない夫と、エヴリンは頭の痛い問題を多く抱えて毎日を過ごしていました。
ある日、店の存続に奔走すべく訪れた税務署で、エヴリンは「別の宇宙(ユニバース)から来た」という夫のウェイモンドと対面します。
彼はこの世界と並行して存在する世界、マルチバースが現実にあることをエヴリンに行って聞かせながら「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と突然の重責をエヴリンに投げかけます。
“別の宇宙の夫”に混乱するエヴリン。
しかし彼女は、彼の言われるがままにマルチバースに飛び込み、それぞれの世界に存在する自分の生い立ちを感じながら、いつしか驚異的な身体能力を自身の内に覚醒させ、全人類の命運をかけた熾烈な戦いに向かっていくのでした…。
本編にちりばめられた、ナンセンスな展開の意味
アメリカのとあるダウンタウンでの光景。
物語は主人公エヴリンが不幸せな境遇の中であきらめにも似た毎日を送っている姿から幕を開けます。
ところがある日、彼女はふとしたきっかけで自分の住む世界とは異なる並行世界、マルチバースが存在することを知ります。
このマルチバースという存在が本作のキモとなる部分ですが、展開としてはいきなりエヴリンが全く現在と異なる境遇の世界に飛ばされたり、あるいは一見変化はないものの妙な人間に追われたりと、立ち位置は目まぐるしく変化していきます。
映像的には高い技術を駆使し見応えのあるものとはなっていますが、あまりにも目まぐるしい変化である上に、彼女らがバースを移る際の行動に一見ナンセンスな行動が必要とされるなど、人によっては物語を難しく感じる可能性すら見えてきます。
各人のこの、ユーモラスかつカオティックな行為が、マルチバースを行き来するという人たちの立ち位置や振る舞いをわかりにくいものとし、物語の真意を難解なものとしているようでもあります。
しかし一方で、この演出はイギリスの脚本家ダグラス・アダムスが執筆した物語を映像化した2005年の映画『銀河ヒッチハイクガイド』を彷彿するものでもあります。
アダムスと生前親交のあった生物学者リチャード・ドーキンスが彼に捧げた著書『神は妄想である』で、彼がかつてこのような言葉を残したと記しています。
「水たまりが世界を認識したとしたら『これは私がいる興味深い世界であり、私がいる興味深い穴は私に中々うまく合っている。実のところこの穴はものすごくよく合っているから、私を入れるために作られたに違いない!』と思うだろう」
確かに水たまりという存在を人間的なものと置き換え、主観としてこの言葉の意味を考えると合点の行くところもあるでしょう。
しかしわれわれ人間としての視点からすれば、理解はかなり難しいものとなります。
■参考:リチャード・ドーキンス著『神は妄想である』(管理人追記)
※神の存在という「仮説」を粉砕するために……古くは創造論者、昨今ではインテリジェント・デザインに代表される、非合理をよしとする風潮が根強い今、あえて反迷信、反・非合理主義の立場を貫き通すドーキンスの、畳みかけるような舌鋒が冴える。発売されるや全米ベストセラーとなった超話題作。【引用:Amazon】
※著者:リチャード・ドーキンス
Richard Dawkins/イギリスの生物学者・作家。1941年ナイロビ生まれ。英国王立協会フェロー。オックスフォード大学で学び、カリフォルニア大学バークレー校を経てオックスフォード大学講師。1976年刊行のデビュー作『利己的な遺伝子』が世界的ベストセラーとなり、ドーキンスの名を一躍知らしめた。無神論者としても知られ、2006年に発表した『神は妄想である』は全世界に衝撃を与えた…。
つまり、現世界に住む一人の人間としてはナンセンスに見えても、別次元では重大な意味を持つ可能性があるということを、エンタテイメント性を持つ映画作品としてユーモラスな表現で描いていると考えれば、この不可思議な展開を頭の中で進めていくことができます。
もちろん一つひとつの展開にはダニエルズの考える様々な意思、表現は込められており、物語の大筋をつかんだ上で「どのような考えでこのネタを仕込んだのか?」などと考えていくことも、本作の楽しみ方の一つといえるでしょう。
物語ではエヴリンという女性の半生を、マルチバースを通して様々に描いており、いわゆる「たら、れば」という事象を、エヴリンが通ってきた一つひとつのタイミングから追っています。
社会情勢的にも大きな不安が渦巻く現代において、人々の人生においても「たら、れば」を振り返ることは、人々の大きな興味の一つであるともいえます。
このようなさまざまなポイントを総括した上で、「この作品が示している『世界の終わり』とは?」「世界滅亡を防ぐために立ち上がるエヴリンが戦う相手の意味とは?」「物語に絡む家族関係の意味」など、一つひとつのポイントにさまざまなイマジネーションを得ることができるでしょう。
▶「黒野でみを」ライターこちらおススメ!(管理人追記)
一見ナンセンスな展開にちりばめられたメッセージ性のある作品
※イギリスの脚本家ダグラス・アダムによるSFコメディー・アドベンチャー。もともとはラジオドラマ作品として発表された物語でしたが、以後テレビドラマ、小説と広くメディア展開し、2005年の映画公開ではイギリス、アメリカの両国で週末興行成績が初登場1位を達成しました。
原作:銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)ダグラス・アダムス (著)
※銀河バイパス建設のため、ある日突然地球が消滅。地球最後の生き残りであるアーサーは、宇宙人フォードと銀河でヒッチハイクするはめに。抱腹絶倒SFコメディ「銀河ヒッチハイク・ガイド」シリーズ第一弾!
※著者:ダグラス・アダム
※1952-2001年。英ケンブリッジ生まれ。1978年BBCラジオドラマ「銀河ヒッチハイク・ガイド」脚本を執筆。翌年、同脚本を小説化し大ベストセラーに。モンティ・パイソンの脚本に携わっていたことも。
主人公たち、家族構成の意味とは
また本作はアメリカ作品として、アジア系移民の家族を中心とした物語を描いているという点にも大きなポイントが見えてきます。
ダニエルズの一人、ダニエル・クワン監督がアジア系アメリカ人であることも大きな影響を及ぼしているかと思います。
本作におけるこの設定に関し、ダニエルズとしては本作製作の上で「21世紀の移民の物語を通して家族愛を描く」というアイデアがあったことを語っています。
80年代に発表されたアメリカの主要作品は、傾向として「強いアメリカ」といったスローガンを代表とした、アメリカ目線に特化した作品が多く発表されていました。
その一方で、アメリカ作品として他民族の物語を作るという点においてはどこかその民族に対するステレオタイプを増長したものも少なくありません。
ショー・コスギ出演の1984年作品『ニンジャ』をはじめとした、いわゆる「ニンジャブーム」などはその最たる例といえるでしょう。
その意味で本作は「移民系家族」を物語の中心に置き、アメリカ作品として、アメリカの一つの姿として描いているという点にも注目すべきポイントがあるといえます。
親に反対されながらも結婚を果たしたエヴリン、ウェイモンド夫婦の半生を、マルチバースを通して描いた物語。
そして物語の末には、どこか彼らの未来の在り方を問うているような空気感も覚えてきます。
まさに移民としてアメリカに渡り、自身の生活の拠点を築いてきたキー・ホイ・クァン。
さらにマレーシアで生まれ香港、そしてハリウッドと活躍の場を実力で広げてきたミシェル・ヨーという二人だけに、二人の作品での存在感は非常に真に迫ったものともいえるでしょう。
特に作品によっては武術指導も手掛けてきたキー・ホイ・クァンだけに、カンフーを大胆に取り入れたアクションバトルシーンは本作の大きな見どころの一つ。
またミシェル・ヨーの、カンフーとの関わりを示すシーンには、『キル・ビル2』をパロディーにしたような空気も感じられ思わずクスっと笑ってしまうような楽しさも感じられることでしょう。
●ミシェル・ヨー(Michelle Yeoh Choo-Kheng)
誕生日: 1962年8月6日生まれ
星座:しし座
出身:マレーシア
▶おすすめの代表作品
※ミシェル・ヨーのほかにチョウ・ユンファ、チャン・ツィイーら豪華キャストが集結。映像の美しさに魅力のある作品です。
※MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)第25作となるヒーローアクション。アジア系の主人公を中心とした物語という点では本作と共通する部分もあります。ミシェル・ヨーのほかにトニー・レオンもキャストとして登場。
●キー・ホイ・クァン(Jonathan Ke Quan)
誕生日:1971年8月20日生まれ
星座:しし座
出身:ベトナム
▶おすすめの代表作品
※ジョージ・ルーカスの原案を基に、スティーヴン・スピルバーグ監督が作品を手掛けたアクション・アドベンチャーシリーズの第二弾。第57回アカデミー賞では視覚効果賞を受賞しました。
※製作総指揮にスティーヴン・スピルバーグが名を連ねた冒険ファンタジー作品。キー・ホイ・クァンのほかにも、『ロード・オブ・ザ・リング』などのショーン・アスティン、『アベンジャーズ』シリーズなどのジョシュ・ブローリン、『スタンド・バイ・ミー』などのコリー・フェルドマンら現在も実力はとして活躍する俳優陣が、同様に子役として出演を果たしていました。
名優ジェイミー・リー・カーティス、存在感にも注目!
先述の「移民家族の物語」というポイントに対し、作品のコントラスト感をさらに明確にしているのがジェイミー・リー・カーティス演じるディアドラ・ボーベアドラという女性の存在です。
エヴリンとは対照的にボーベアドラは、税務署の職員として仕事に勤しみミスは絶対に許さない地の人、アメリカ市民といった印象をおぼえさせます。
彼女の存在はそれほど明確なアイデンティティを示しているわけではなく、どちらかというとある種の典型的な人間像、「アメリカ的視点」によって「移民家族」とどこか敵対しながらも、時には理解しあう姿を見せています。
代表作『ハロウィン』シリーズなどのホラー作品をはじめとして、どちらかというとジャンル作品の出演が目立つだけに大仰な演技が印象として強い彼女。
一方でリンジー・ローハンとの共演作『フォーチュン・クッキー』やアーノルド・シュワルツェネッガーとの共演を果たした『トゥルー・ライズ』ではゴールデン・グローブ賞を受賞と、女優として高く評価されている面もあります。
その意味で存在感も含め、この役にカーティスを抜擢した点は絶妙なキャスティングであるといえるでしょう。
人としてクセの強さを見せながらも、典型性を持たせた人物像を見事に描いている点は、本年度アカデミー賞において助演女優賞にノミネートされている所以も十分に納得できるところであります。
●ジェイミー・リー・カーティス(Jamie Lee Curtis)
誕生日: 1958年11月22日生まれ
星座:さそり座
出身:アメリカ
▶おすすめの代表作品
※ホラー映画の金字塔にも挙げられるシリーズ作品。ジェイミー・リー・カーティスは1978年に公開された第一作に続き『ハロウィンII』『ハロウィンH20』『ハロウィン レザレクション』『ハロウィン(2018)』『ハロウィン KILLS』に出演・2023年に公開される『ハロウィン THE END』にも登場と、深い関わりを持つ作品となっています。
※元々はジョディ・フォスター主演により製作されたテレビ映画をリメイクした2006年の作品で、反抗期の娘と、その娘を案じるシングルマザーの意思が入れ替わるというハチャメチャ青春コメディー。当時この作品でリンジー・ローハンは一躍アメリカで最も人気のある十代のアイドルとなったといわれています。
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40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度から「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。
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