今回は『存在のない子供たち』についてご紹介します。
「何の罪で?」
裁判長の質問に「僕を産んだ罪」とまっすぐに前を見て答える少年の衝撃のシーンから始まる本作。
貧困だけが要因ではない、過酷な環境で産まれ生きていく子供たちのより良い未来を望み作られたフィクションのレバノン映画です。
「ドキュメンタリーのようなリアリズム」とまで評された今作を紹介します。
(冒頭画像:引用https://twitter.com/sonzai_movie)
『存在のない子供たち』(18):作品紹介
あらすじ:11歳の大切な妹が強制結婚という現実
自分を生んだ罪で両親を訴えた「およそ12歳」のゼイン。
貧困窟で暮らすゼインは、出生届を出されなかったために自分の誕生日も年も正確に知らず、法的にはいない存在。
貧しさゆえに学校へ通うことも許されず、兄妹と労働を強いられる毎日。
ある日、わずか11歳の大切な妹が強制結婚させられ、両親への怒りが爆発したゼインは家を飛び出すが、さらに過酷な現実と向き合うことに。
監督:中東の現実を映すナディーン・ラバキー
監督・脚本を務めたナディーン・ラバキーさんは、自身が主演を務めたデビュー作『キャメル』でその名を轟かせました。
本作の舞台であるレバノンにて内戦真っただ中の1974年に生まれた彼女、本作のリサーチに3年を費やし、自身が目撃・経験した現実を作中に盛り込みました。
自身を理想主義者と表するナディーン・ラバキー監督は、映画は疑問を投げかけるツールとし、劇的に何かを変えることができなくとも、本作が話し合いや考えるきっかけになると信じています。
極貧生活から抜け出せない人々、特に不当に扱われ放置される子供たちの現実を嘆くのではなく、自身の職業を武器に本作が子供たちの将来に何か影響を与えられると願っています。
また、本作では両親を告訴したゼインの弁護士役としてほんの少し登場しています。
●ナディーン・ラバキー監督(Nadine Labaki)
誕生日: 1974年2月18日生まれ
星座:みずがめ座
出身:レバノン
▶おすすめの代表作品
主演俳優:ゼイン・アル=ラフィーアがありのままの悲しみを
主人公のゼイン役を務めたゼイン・アル=ラフィーアはじめ、キャストの殆どは役柄に境遇の似た素人が起用されています。
2004年にシリアで産まれたゼイン・アル=ラフィーアはシリア内戦の影響で2012年以降教育を受けられず、同年シリア難民として家族でレバノンに移りました。
10歳から家計を助けるために働いていた彼は、2016年にベイルートで本作のキャスティングディレクターの目に留まりました。
2018年に国連難民機関の助けを借りて、家族とともにノルウェーへ移住し、念願の学校へ通うことができました。
また、2021年にはMCU(マーベルシネマティックユニバース)の映画『エターナルズ』に村人役として出演しており、予告映像にも登場します。
今後もスクリーンで彼の活躍が見られるといいですね。
混迷を極める、現在のレバノンについて
レバノンはシリア、イスラエルと国境を接する中東の小さな国です。
2023年現在、レバノンに住む人々は様々な問題に悩まされています。
宗教問題、深刻な政治の腐敗、経済は破綻し、殆ど滅びかけている国と言われることも。
なぜこのような事態に陥っているのか?近現代史をかいつまみレバノンについてご紹介します。
1943年レバノン独立、「中東のパリ」と呼ばれる
レバノンはもともと1943年の独立までフランスの統治下におかれていました。
そのため西洋文化の影響を多く受けており、中東の中では開放的です。
独立後、経済を急成長させたレバノンの首都ベイルートは中東の金融センター、中東経済の中心地となり、「中東のパリ」と呼ばれていました。
またイスラム教のイメージが強い中東において、レバノンはキリスト教の割合が他の中東の国々に比べて多く、数十個の宗教存在する多宗教国家です。
多宗教国家として、宗派主義制度の政治体制に
多宗教であることは政治体制にも影響しており、独立以降、当時の人口調査に基づいた宗派主義制度を導入しています。
大統領はキリスト教マロン派(レバノン国内のキリスト系カトリック教徒)、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派から選出。
キリスト教国家として議会の中の議員数はキリスト教が多数を占めていました。
1975年~1990年 続く内戦、キリスト教対イスラム教
1975年レバノン国内で内戦が起きます。
キリスト教徒イスラム教の宗教間対立です。
イスラム教の難民の流入などによって人口比率が変化したことなどが影響しています。
1990年内戦が終わり、宗教間対立をなくそうとキリスト教とイスラム教の議員を同数にすることで権力を分散させることに。
しかし、これが新たに派閥争いを生み出し、汚職がはびこるようになりました。
復興政策後も、経済危機のはじまりと破綻
ところでレバノンには移民問題、深刻な貧富の格差や失業率問題に加え、外貨建ての国債を返済しなければならないという大きな問題がありました。
しかし宗教間・宗派間の利権争いに明け暮れていた政府はこれらの問題へのこれといった対策をしませんでした。
結局、内戦後の復興政策からある程度経済を立て直していたものの、2018年頃本格的に経済は破綻し始めました。
政治腐敗への国民の不満、反政府デモへと
政府は税収入を確保するため給与と年金の削減をし、さらには2019年10月WhatsApp(レバノンのLINEのようなもの)とインターネット利用者への課税政策を発表します。
以前から政治腐敗対する国民たちの不満がついに爆発し反政府デモに発展します。
最悪の2020年、コロナ渦とベイルート爆発事故
この最悪な状況に追い打ちをかけたのは2020年、コロナウイルス感染症の蔓延です。
世界中に大打撃を与えた感染症は、経済危機のレバノンをさらに苦しめました。
さらに同年8月4日、ベイルート港の爆竹倉庫で火事が起き爆発事故が発生。
たくさんの命が犠牲になり、周辺にあった穀物倉庫の1万5千トンの穀物が吹っ飛び1か月分の食料のみが残り、食料危機に陥っています。
さらには通貨価値が暴落してしまったことでハイパーインフレーションが起き、そのせいでガソリンなどの物資を輸入できなくなりました。
ガソリンを輸入できなかったことで燃料不足に陥り、発電所が停止、1日のうち2時間しか通電しないという事態も起きました。
■参考ドキュメンタリー映画【管理人・選】
予告編だけでも、その爆発の凄まじさを見ることができます。
※レバノンの首都ベイルートで暑い8月の夜、壊滅的な爆発が街を襲いました。まるで災害映画のワンシーンのように見えましたが、現実に起こったのです。衝撃的な出来事が展開される中、街中の人々はその瞬間とその余波を携帯電話で撮影していました。【引用:Amazon】
内閣総辞職と大統領選出の失敗、今も続く政治空白
ベイルート港爆発事故の原因として政府の怠慢を非難する大規模反政府デモが起き、2020年8月10日に内閣が総辞職。
そして、翌年2021年の9月10日に内閣が発足するまで1年以上の政治空白がありました。
また2022年に10月末で任期切れとなった大統領の後任の選出に失敗し、2023年の今日まで大統領不在という政治空白が生まれています。
これ以上地獄が続かぬよう願うばかりです。
さいごに:ライターコメント(byサヤヲ)
本作のような映画をみると、自分は日本という比較的平和な国に生まれ国籍もあり教育を受け、恵まれた環境にいるんだということを実感せずにいられません。
少なくとも自分は両親を「自分を産んだ罪」で訴えるということは一生ないということ。
未来に不安がないと言えばウソになるけれど、本作の中の彼らよりこれから先も選択肢があり自由があります。
だから恵まれていることに感謝して生きよう。ではない、違う、そうじゃない。
満足していないのなら妥協してはいけない、変えたいと思うなら、行動するチャンスがあるのなら自分に対してもっと挑みたいと思う。
うまく言えませんが、感情だけで終わらせない、行動することを続けないと、と。
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ミステリー小説とカレー、そして猫を愛するサヤヲといいます。
様々な視点から映画をたのしむきっかけとなれれば幸いです。
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