ウクライナの複雑な歴史と史実が背景、映画『オルガの翼』で描かれる若者の希望と葛藤

2022年9月3日公開:(C)2021 POINT PROD - CINEMA DEFACTO

今回紹介する映画は、映画『オルガの翼』です。

現在世界からその動向に注目が集まるウクライナを舞台に、親ロシア派、反ロシア派の大きな対立を示した2013年のユーロマイダン革命※の裏で、自身の夢のために国を離れた一人の少女の、心の揺らぎを描きます。

(※2013年11月、ウクライナで起きた市民運動)

本作が長編デビュー作となったエリ・グラップ監督が作品を手掛けました。

主演はじめキャストには現役、プロの体操アスリートが起用されました。

映画『オルガの翼』:作品情報

ユーロマイダン革命当時のウクライナを背景として、命の安全を確保するとともに体操選手として台頭していくために祖国を去った一人の少女オルガがいました。

映画『オルガの翼』は、国の複雑な情勢の変化や周囲の人たちとの確執に悩みながらも、自身の道を切り拓いていく姿を描いた物語です。

作品を手掛けたのは、スイスのエリ・グラップ監督。

本作では脚本も手掛けており、カンヌ国際映画祭SACD賞を受賞しました。

主演を務めたのは、ウクライナのアナスタシア・ブジャシキナ

女優としては全くの素人ですが、欧州選手権にも出場した経験のある現役選手です。

他にも、主人公オルガの周囲を取り巻くキャストには、本物のアスリートが担当し脇を固めています。

劇中に登場するユーロマイダン革命の模様を映し出した映像は、当時デモ参加者が自身のスマートフォンで実際に撮影したものが使用されています。

映画タイトルオルガの翼
原題Olga
監督エリ・グラップ
出演アナスタシア・ブジャシキナ、サブリナ・ルフツォワ、カテリーナ・バルロッジョ、テア・ブログリほか
公開日2022年9月3日(土)
公式サイトhttp://www.pan-dora.co.jp/olganotsubasa/ 

■2021 /フランス・スイス・ウクライナ合作/カラー/ビスタ/5.1ch/90分

映画『オルガの翼』:あらすじ

(C)2021 POINT PROD – CINEMA DEFACTO

2013年、ウクライナの首都キーウに住む15歳の少女オルガは、友人サーシャとともに体操選手としてトレーニングに励む毎日を過ごしていました。

ある日、親ロシア派であるヤヌコーヴィチ政権の汚職を追及するジャーナリストの母が、オルガとともに帰宅中の車で突然何者かに襲われます。

その場は何とか逃げうせたものの、身の安全のためにオルガは亡き父の故郷であるスイスに移り、現地の体操ナショナル・チームで欧州選手権を目指すことを決めます。

しかし欧州選手権が近づく一方でウクライナでは革命が激化していき、メディアの情報を通してオルガを追い込んでいきます。

そして彼女は欧州選手権出場のため、ウクライナの市民権を手放すかどうかという選択に迫られます。

母や親友を想い、オルガの感情は大きく揺れるのでした…

ダイナミック感あふれる映像描写

(C)2021 POINT PROD – CINEMA DEFACTO

本作は大きく二つのポイントに沿って物語が描かれています。

一つは近代ウクライナの大きな出来事であるユーロマイダン革命という事件を取り巻く状況、そしてその中で一人の少女が目指した「体操選手」という夢の舞台への道であります。

ユーロマイダン革命は、今まさにウクライナが陥っている悲惨な状況にもつながる歴史的事件の一つであり、これと絡めるもう一つのポイントには、やはりリアリティあふれる映像が欠かせません。

その意味でこの作品ではキャスティングにも大きなこだわりが見られます。

主役を務めたアナスタシア・ブジャシキナは、実際にウクライナ国内でも活躍実績のあるプロアスリート。

メインキャスト陣もそれぞれウクライナ、スイスで活躍した本物の体操選手です。

それゆえに劇中で実際に披露される試技、練習風景などはリアリティにあふれた映像がつくられており、見ごたえも十分。

なかなかにカメラワーク、構図の取り方などの難しさも見えてくる「体操」というテーマですが、本作ではまさに演じる側としてのハードルがなく自然に、ダイナミックな体操の映像を堪能することができるでしょう。

ウクライナの風景から見えてくる希望

(C)2021 POINT PROD – CINEMA DEFACTO

近年凄惨な事件で世界的な注目を浴びている、ウクライナという国。

ところが多くの人の関心は、ロシアからの侵攻が現実となった2022年の出来事のみに注がれがちであり、本作はさらにウクライナという国を知る上で貴重な作品であるともいえます。

ウクライナという国の人々が完全にロシアと敵対しているのであるかといえば、その関係は一概にいえず複雑なものであり、国内ではさまざまな確執を抱えている実情があります。

その一方で、そんな事情とは関係なく自身の明るい未来を夢見る若者も数多く存在します。

物語のドラマに注視してしまうとありきたりな物語と思えてしまうかもしれませんが、本作の物語は事実を絡めながらの物語づくりが素晴らしく、現在ニュースで報じられる国の印象とはまた違ったウクライナの姿が見えてきます。

史事をとらえたシリアスな物語であり、ダイナミックな体操のシーンと比較しどちらかというと陰鬱な空気感があります。

しかし物語の締めくくりは笑顔にあふれた明るい未来を示した感のあるもの。

そこには作品に込めた製作者たちのポジティブな意向、メッセージも感じられ、映画というメディアの持つ力、映画というメディアに望まれる力を感じ取ることもできるでしょう。

▶ウクライナという国が見えてくる作品

『アトランティス』『リフレクション』

『チェルノブイリ1986』


チェルノブイリ1986 [DVD]

このほかにも『ドンバス』『ウクライナ・クライシス』『DAU. ナターシャ』などもおススメです!

的確なキャスティングだからこそ見えてくる真実

(C)2021 POINT PROD – CINEMA DEFACTO

キャスト陣の演技、表情にも注目です。

みな演技は未経験であるにもかかわらず、キャストはみなそれぞれの役柄において複雑な心情を抱えた人物像を生き生きと演じています。

お互いに切磋琢磨し磨きをかけるアスリート同士、複雑な事情を抱える国の人間であるという意識など、まさにキャラクターのバックグラウンドに忠実なキャスティングといえます。

そしてそれぞれの表情で、直接的な紛争の風景を見せないながらも、しっかりとウクライナを取り巻く人同士、国同士の複雑な関係を描いています。

当然メッセージ性の強い作品であり、ラストは決してオルガが心に描いていたハッピーエンドではなかったかもしれませんが、物語の重要なメッセージがここに託されているようにも見えてきます。

同時に、ここではこの物語がウクライナという局所的なエリアに絞ったものではない、あらゆる場所における若者の夢への提言が隠されているようでもあります。

《ライター:黒野でみを》 クリックで担当記事一覧へ→

黒野でみを,プロフィール40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度から「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。

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