今回ご紹介するのは、2023年に韓国映画賞で25冠を達成した大ヒット作『梟-フクロウ-』です。
本作は、実際に残っている朝鮮王朝時代の昭顕世子(ソヒョン セジャ)の急死の謎に迫った、作品となっています。
しかしながら、真実は今でも謎に包まれているため、監督自身が想像力を働かせ、史実(ファクト)とフィクションを紡いだ「ファクション作品」として制作されました。
それでは、史実に残された「謎」に迫りながら、本作『梟-フクロウ-』を紐解いていきましょう。
なお、この記事には映画の物語に触れている部分もありますので、読む際は十分にお気を付けください。
(冒頭画像:https://twitter.com/showgate_youga/)
あらすじ:歴史に残された「謎」
清国に囚われていたソヒョン世子が帰国後、急死した。
彼の全身は黒く変色し、目や耳、鼻、口…7つの穴から血を流して亡くなった。
その「死」の瞬間を“目”撃していたのは、盲目の天才鍼師ギョンスだった。
世子はどうして亡くなったのか?朝鮮の歴史に残された最大の謎ともいえる事件を、あなたは目撃する…。
『朝鮮王朝実録』に残る、毒殺ミステリー
本作『梟-フクロウ-』は、李氏朝鮮時代の宮廷で起こった事件に焦点をあてたスリラー作品です。
しかしながら「フィクション」ではなく、未だに真相がわかっていない歴史上に実際に残された急死事件を基にした作品です。
李氏朝鮮の約500年の歴史を記した『朝鮮王朝実録』には、こんな記述が残っています。
世子は、帰国後間もなく病にかかり、命を落とした。彼の全身は黒く変色し、目や耳、鼻、口から血を流した。彼の顔は黒い布で半分だけ覆われており、側近たちは、彼の顔の変色の原因を特定できなかったが、彼は薬物中毒によって亡くなったかのように見えた。(朝鮮王朝実録 1645年6月27日)
朝鮮の歴史を見ていくと、王朝をめぐった毒殺事件がいくつもあります。
しかしながら、誰が犯人なのかは定かではないものも多く「毒殺ミステリー」として今なお語り継がれています。
では、今回、題材となったソヒョン世子をめぐる毒殺事件について迫っていきます。
解説:当時のアジア情勢を知る!
本作をより深く楽しむためには、当時のアジア情勢を知る必要があります。
当時のアジアで強大な力を持っていた清国(現在の中国)を語るうえで、重要になるのが周辺諸国と行っていた「朝貢貿易」です。
「朝貢貿易」とは、周辺諸国が清の臣下として貢ぎ物を定期的に捧げるものです。
清は貢ぎ物を受け取る代わりに、相手国に莫大な返礼品を与えたり、相手国が危機に陥った場合に守る、といった形式の貿易のことです。
これは、本作の中でも描かれており、ソヒョン世子が帰国した後に宮廷内の家臣たちが清への貢ぎ物を用意している様子が描かれています。
一方で、清からの返礼品も描かれており、その中の一つとして、主人公ギョンスがソヒョン世子から授かった「拡大鏡」が登場しています。
なぜ、朝貢貿易を行っていたのか?
なぜ、中国はこの貿易を行っていたのか。そこには「中華思想」という考え方が関係しています。
「中華思想」とは、世界の中心は中華王朝であり、文化的に優れている中華王朝が周辺の異民族に文化を伝えていかなければならない、という考え方です。
そのため、貢ぎ物よりも何倍もの品を返礼品として相手国に与えていたのです。
つまり、朝貢貿易は、ある種の中国との主従関係を結ぶことを意味したのです。
この複雑な主従関係を象徴するのが「世子(セジャ)」という言葉です。
本来ならば、皇帝や国王の跡継ぎは皇太子と呼ばれますが、朝貢貿易を行っていた本作における朝鮮では、清に服従しているのが仁祖(インジョ)国王の世継ぎとしてソヒョンは位置するため、皇太子という表現は使用できず「世子」という表現になります。
とにもかくにも、かつての中国はこうした貿易体制を果て、国内に対して権力を示し、国家権力の安定を図っていたと考えられています。
仁祖(インジョ)国王、朝貢関係を選択した背景
では、そもそもインジョ国王は朝貢関係を選んだのでしょうか?
簡潔に理由を述べれば、作中でも語られていますが朝鮮王朝が清国からの侵攻を受けた際、歯が立たず屈し、人質として長男であるソヒョン世子が連れ去れたからです。
やっとの思いで帰ってきたソヒョン世子は、帰ってくるや否や、父であるインジョ国王に清国の文化を語り国家体制の改革を説きます。
他国へ屈した過去をもつインジョ国王からすれば、自身の世継ぎである息子が帰ってくるだけでも王位を奪われるおそれがある…
何より、本作でも描かれているようにソヒョン世子は温厚な性格だと考えられ、誰からも好かれる人間だったはずです。
王位の座を奪われる恐怖に、清国の影響を受けている息子への複雑な感情は殺害の動機としては十分すぎることでしょう。
史実に加えられた、盲目の「目撃者」とは
先にも述べたように、ソヒョン世子を殺害した最有力容疑者はインジョ国王であり、その様子は映画内でも描かれています。
しかしながら、映画『梟-フクロウ-』では、その史実にフィクションの内容を織り交ぜスリルあふれる作品に昇華しています。
それが主人公のギョンスの存在です。
彼は盲目でありながら、その感覚の鋭さを活かして鍼師として活躍。
とある出来事をきっかけに、宮廷内で働く王朝専属の鍼師として日々を送ることになります。
ギョンスの存在が、この史実を波乱の展開に導いていくのです。
タイトル『梟-フクロウ-』を使用した伏線回収
本作ですべての観客が関心するのは、タイトルに使用された「梟」の意味が回収される瞬間でしょう。
梟は改めてどんな鳥なのでしょうか?
梟の視力は人間の100倍良いとされ、なおかつ感度がいいといわれています。
つまり、わずかな光があれば周囲を見ることができる鳥なのです。
一方で、感度が良すぎることから昼間はまぶしすぎて、見にくいという種類もいるようです。
まさに、本作のギョンスです。
序盤から、暗闇の中で薬草の仕分けを完璧に行ったり、暗闇の中で文章を書いたり、暗闇の中で女性に鍼を打つ状況で震えていたり…様々な不可解なシーンがありました。
それもこれも、暗いところでは目が見えるという、今までの作品ではなかった斬新な設定を示唆するものだったのです。
そうした点と点が線となってつながった瞬間に、物語はスリリングな展開を迎えます。
韓国映画の王道、二転三転する展開
本作の物語を一言で表現すると「宮廷内での権力争い」です。
権力争いの末に毒殺された世子、それに巻き込まれる世子の妻や子供…そして、密かに権力を手にしようとする第三者の存在。
まさに王道のストーリー設定であり、表現を変えれば、韓国作品をよく観る人からすると“ありきたりな設定”となっています。
だからこそ、盲目の目撃者ギョンスの存在がスパイスとなっているのです。
実際の史実の中でも、容赦ない形で王位を脅かす存在は排除されています。
本来ならば彼ら彼女たちを救う存在はいないのですが、ここに殺害を目撃した人物が加わることで「どう救うのか?」「どう犯人を追い詰めるのか?」というスリリングな展開へと発展させることができます。
そしてギョンスを次々に追い詰めていく波乱な展開に、手に汗握るはずです。
まとめ:「梟」は吉兆か、不幸の象徴か…
冒頭にも書きましたが、本作は韓国で最多の映画賞25冠を達成した驚異の作品です。
その面白さは、観た人ならば伝わるはずです。
息をすることさえ忘れる緊迫感と、予測不可能な展開に唸るはずです。
最後ではありますが、梟は、古くから縁起物として幸運の象徴とされています。
その一方で、梟の鳴き声は「死の警報」とも表現されることもあり、不吉・不幸の象徴ともされています。
皆さんは本作での“梟”はどちらの象徴だと思いますか?
上映館は非常に限られていますが、是非、この機会を逃すことのないようにしてください!
《ライター:ファルコン》 クリックで担当記事一覧へ→
記事をご覧いただきありがとうございます。
映画と音楽が人生の主成分のライターのファルコンです。
学生時代に映画アプリFilmarksの“FILMAGA”でライターをしていました。
大人になって、また映画の世界の魅力を皆さんにお伝えできれば、と思いライター復帰しました。
記事の感想などありましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
記事へのご感想・関連情報・続報コメントお待ちしています!