今回紹介する作品は、一人の男性の死より、その夫婦間の闇が明かされていくさまを描いたサスペンス映画『落下の解剖学』です。
雪山の山荘で起きた転落事故により死亡した夫と、その夫を殺した疑惑をかけられた妻の秘密や嘘を、視聴覚障がいをもつ息子を通して暴かれる様子を追ったサスペンスドラマです。
映画『落下の解剖学』:作品情報
『愛欲のセラピー』『ソルフェリーノの戦い』などのフランスのジュスティーヌ・トリエ監督が本作を手がけました。
主演は『ありがとう、トニ・エルドマン』などのザンドラ・ヒュラー。
作品は第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門において最高賞となるパルムドールを受賞。
第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートと、高い評価を得ています。
映画タイトル | 落下の解剖学 |
原題 | Anatomie d’une chute |
監督 | ジュスティーヌ・トリエ |
出演 | ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ、サミュエル・セイス、ジェニー・ベス、カミーユ・ラザフォードほか |
公開日 | 2024年2月23日(金) |
公式サイト | https://gaga.ne.jp/anatomy/ 【YouTube:予告編】 |
■2023年 /フランス映画/カラー/G/152分
映画『落下の解剖学』:あらすじ
人里離れた雪山の山荘。
そこには小説家の母サンドラと視覚障がいをもつ11歳の少年、そしてここで宿を営もうと計画している父・サミュエルが住んでいました。
ある日少年は、山荘の外で血を流して倒れているサミュエルを発見、その悲鳴を聞きつけ母が救急に助けを求めるも、彼はすでに息絶えていました。
悲しみに暮れる二人。
ところが当初はサミュエル単独による転落死と思われていましたが、捜査が進むうちにその死には多くの疑惑が見つかり、さらに前日には夫婦ゲンカをしていたことが発覚、サンドラに夫殺しの疑いがかけられてしまいます。
疑いの目で見る息子に対し、必死に無罪を主張するサンドラ。
しかし検察によるさまざまな調査の結果、裁判では次々と夫婦が抱いていた秘密や嘘が明かされていくのでした。
「落下」「解剖学」という、キーワードの意味
突然に訪れた、幸せな家族の不幸。
冒頭はそんな一つの光景でスタートしますが、物語は徐々に母・サンドラの疑惑へと展開していきます。
最初は単なる夫婦ゲンカ。
しかしその奥に見えるものは確かにサンドラの不義とつながるものが現れていき、疑惑はどんどんと深まるばかり。
サンドラはその疑惑に対し事実は認めますが、それが殺害につながるものではないとあくまで否定を続けます。
一方、見る側として気になるのは、検察が突き止めた「新たな論拠」の一つ一つにあります。
この物語は、サンドラが人気小説家として笑顔でインタビュー取材を受けるシーンより始まります。
その雰囲気とはまるで不釣り合いな別室からの騒音。
そして物語が展開するにつれ、サンドラの表情は重苦しさを増していきます。
そのさまはまさに夫・サミュエルが山荘から落下していくさま、「落下」とダブったような形であり、その事実の裏にある真相の一つ一つがあぶり出されるさまは、まさに「解剖学」というわけであります。
幸せそうな笑顔の裏にある闇の数々。
そこでは目に見える事象の裏にある、ドロドロした夫婦の間にあるそれぞれの思いまでもが白日の下にさらされていきます。
そしてさらに明かされる、夫婦間の衝突の場では見えなかった妻の深い思い。
水を得た魚!ジュスティーヌ・トリエ監督の手腕が発揮
ジュスティーヌ・トリエ監督は、映画『ソルフェリーノの戦い』では、フランス大統領選の争いを背景に元夫婦である男女の争いを描iいています。
また、2019年・第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品となった『愛欲のセラピー』では、男女とは距離を持つ人物が、一人の女性が抱く心の深層を浮かび上がらせています。
本作はどこかこれら作品の要素にダブったポイントも感じられます。
トリエ監督自身が映画で描きたいと考えるもの、興味を持つものとして非常に重要な要素が描かれているといえ、ある意味水を得た魚のように監督の手腕が発揮された作品であるといえるでしょう。
●ジュスティーヌ・トリエ監督(Justine Triet)
誕生日: 1978年7月17日生まれ
星座:かに座
出身:フランス
■こちらもぜひ見てほしい!ジュスティーヌ・トリエ監督
『ソルフェリーノの戦い』
※2012年のフランス大統領選を背景に、女手一つで子育てに奮闘する女性と、離婚した元夫が子をめぐり争う姿を描き、それぞれの人物の心理に迫るドラマ。歴史的な背景と人同士の対峙における心理を絡めたユニークな作品です。
※引退を考える一人の精神科医師が、妊娠し悩みを抱える女優のカウンセリングを続けていく中で見えてくる、一人の人間における深層心理に迫ったドラマ。2019年、第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されました。
トリエ監督の期待、はるかに超えた主演女優
キャストとして注目すべきは、やはり主演を務めたザンドラ・ヒュラーであります。
母国ドイツでは数々の映画賞に輝いており、本作でジュスティーヌ・トリエ監督とは『愛欲のセラピー』に続くタッグ。
本作で演じたサンドラは非常に複雑な心理状態にあり、かつ夫、息子、自分の弁護をする友人、検察官、証人陣とさまざまな人物と対峙し、それぞれに意味深い表情が必要となる難しい役柄。
しかしトリエ監督自身も圧倒されるほどの表現力でこの役柄をしっかりと演じ切っており、アカデミー賞の賞レースでも注目の一角という印象でもあります。
参考記事」今、ミニシアターが熱い!映画マニアがこぞって通う映画館、お国柄も豊富なおすすめ作品を紹介!
●ザンドラ・ヒュラー(Sandra Huller)
誕生日: 1978年4月30日生まれ
星座:牡牛座
身長:173cm
出身:ドイツ、テューリンゲン
『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』
第二次世界大戦前に行われたミュンヘン会談をモチーフとしてに描かれたサスペンス。原作はイギリスの作家であるロバート・ハリスのベストセラー小説。彼女のバックグラウンドであるドイツというテーマに、非常にマッチした存在感を披露しています。【NETFLIX】
『関心領域』
第二次世界大戦中、アウシュビッツ強制収容所とは壁一枚で隣に軒を連ねた家において、平和に暮らしていた一家の日々を描いたドラマ。テーマからしてまさに「彼女ならでは」というキャスティングであります。【劇場公開日:2024年5月24日】
《ライター:黒野でみを》 クリックで担当記事一覧へ→
40歳で会社員からライターに転身、50歳で東京より実家の広島に戻ってきた、マルチジャンルに挑戦し続ける「戦う」執筆家。映画作品に対して「数字」「ランク付け」といった形式評価より、さまざまな角度からそれぞれの「よさ」「面白さ」を見つめ、追究したいと思います。
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