今回、ご紹介する映画はA24製作の『アフター・ヤン』です。
A24と言えば『ミッドサマー』をはじめ、エッジのきいたホラー映画が、近年話題となっています。
しかし、本作はそれらの作品とは異なり、静かで心揺さぶる感動作…さらに音楽には坂本龍一をむかえた話題作です。
今回は、静かな夜のひと時にオススメのコゴナダ監督『アフター・ヤン』について考察していきます。
(冒頭画像:引用https://kinofilms.jp/movies/after-yang/)
ロボットだけが見た、“この世界のことわり”
大切な家族であるヤンが壊れた。
舞台は近未来。一般家庭に人型ロボットやクローンが当たり前のようにいる世界。
ジェイク(コリン・ファレル)とカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)一家のもとには、ヤン(ジャスティン・H・ミン)というロボットがいる。
娘のミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャ)は、ヤンを本当の兄のように慕い、何気ない日々を過ごしていた。
そんなある日、ヤンが壊れた。
修理の方法を探す中で、ヤンには他のロボットにはない記憶メモリがあることが分かる。
そのメモリに保存された映像には、ある秘密が隠されていた―
『アフター・ヤン』で学ぶ、古代中国思想
本作を観ていると、ロボットのヤンが中国に関する事柄を家族に話す場面が登場します。
実は、この会話の中に、老子と荘子の思想が見え隠れしているのです。
でも、老子・荘子とはそもそも何者なのでしょうか?
老荘思想とは?
皆さんは「諸子百家」をご存じでしょうか?
中国が春秋・戦国時代をむかえた頃、大小様々な国の権力者たちが争う中で、権力者たちは優秀な策士を求めるようになりました。
そこに現れたのが、様々な思想を唱える思想家たち…いわゆる「諸子百家」です。
有名な諸子百家の思想家として『論語』で知られる孔子がいます。
実は『アフター・ヤン』で、ヤンが口にするセリフの数々には、この諸子百家を代表する老子と荘子の思想が根本にあります。
彼らの思想は老荘思想と呼ばれ、孔子を代表する儒家とは相反する思想です。
彼らは、仁や礼を大切にする儒家の思想により、人間社会が自然界には存在しない「道徳という不自然」に冒されていくことを危険視しています。
では、ヤンは何を伝えたいのでしょうか?
無為自然〜ありのままで〜
老荘思想の重要な考え方に「無為自然」があります。
これは、一言で表現をすると、自然のままであれ、という考えです。
このあり方を老子は「水」に例えており、自然に逆らわず上から下に流れていくものだと表現しています。
では、現実社会や『アフター・ヤン』の世界はどうでしょうか?
人々は私利私欲によって、機械のみならずAIやロボットを生み出し、その開発は今も続いています。
時には、倫理観・道徳観をも覆すような発明まで登場しており、まさに不自然な状態に陥っています。
いわば、下流から上流に水が遡るような状態を生み出しているのです。
皮肉なことに、この考えをロボットであるヤンが持ち、ヤンがそれに通ずる言葉を口にすることで私たちは気付かされるのです。
万物斉同〜人間らしい考え方~
荘子には「相対(相待)」という考え方があります。
これは、大小・善悪・美醜など、両方あって初めて意味をなす関係のことです。
自然界には対を成して意味を成すものが数多くありますが、人間は善や美などの相待の片方にばかり価値を見すぎていると荘子は唱えます。
でも、実際には万物は等しく同じ価値があります。
全ての物事は相対的なものであり、立場や見方によってその性質が異なってくるものと考えています。
つまり、人間が違いを生み出しているのです。
劇中には、ヤンが荘子を代表するエピソードである「胡蝶の夢」を口にする場面が登場します。
これは物事に境界はなく、常に移ろいゆくものだ…とする言葉で、私たち人間がこだわっているものがとても小さく感じます。
この2つの言葉から、ヤンは映画を観る私たちに、人間はありのままの自然に身をゆだねて、その中で悠々と生きることが大切だと説いているのです。
その証拠に、劇中ではクローンがジェイクに「人間らしい考え方ね」と言葉にするシーンもあります。
ヤンが語る、本当に大切なこと
ここまで長々と話してきましたが、本作の核心をつく考えを実はまだ提示していません。
本作は、とても大切な荘子のある考え方を提示してから幕をおろすのです。
それが「無用の用」です。
荘子は著書の中で「人は皆、役に立つものが役立つことは知っているが、役に立たないものが役立つことを知らない」と語っています。
これは時代をさかのぼれば老子も唱えていることです。
これは今日では「無用の用」という言葉として"一見意味がないように思えるものが、実は重要な役割を担っている"という意味として使われています。
でも、よくよく考えると、この「役立つ」「役立たたない」も人間が生み出した相対なんです。
映画を含む芸術作品の多くに、私たちは無意識に「答え」を求めてしまいます。
何も答えは示されないけれど、劇中に自分自身のこれまでに想いをはせる余白があるからこそ心地いいことがあるのです。
ヤンのメモリに残っていた記憶は、一日わずか数秒間のものです。
我々の感覚からすると何の意味もない…でも、映画を観ていると不思議なことに、一瞬一瞬の記憶が美しく、愛おしい。
風景だけでも懐かしく、涙がこぼれそうになる瞬間があります。
この「余白」から感じるすべてが、映画の意味をなしているのだと強く感じます。
そして、この感じるということこそが映画を楽しむ最大の魅力だということを、観賞を通して改めて思い知ることになります。
ヤンが贈る、あなたへのエール
ありきたりなロボット映画ではなく、そこにものすごい深みを感じられる…それが『アフター・ヤン』の魅力です。
「万物斉同」の考え方は荘子の根幹を成すもので、それはそのまま運命の全てを受け入れるという考え方でもあります。
つまり、人々が考えだしてさまざまな”束縛”を忘れ、ありのままの自分の姿を受け入れて生きろ、というメッセージでもあり、「自分の思うように生きなさい」という強い肯定感を私たちに与える映画のように思えるのです。
あなたが「無用」として捨てた何かが、あなたの人生を豊かにする「用」なのかもしれません……
あなたはこの映画を通して何を感じますか?
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映画と音楽が人生の主成分のライターのファルコンです。
学生時代に映画アプリFilmarksの“FILMAGA”でライターをしていました。
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