こんにちは、ライターすどうゆきです。
今回はグレタ・ガーウィグ監督の話題作『バービー』を、神学的モチーフを切り口に考察していきます!
本作はアメリカ合衆国の玩具メーカー・マテル社が発売した着せ替え人形バービーの実写映画化作品であり、マーゴット・ロビーが主演でバービーを、ケンをライアン・ゴズリングが演じています。
今記事は、旧約聖書の創世記(天地創造~失楽園)あたりの知識があるとより頭に入ってきやすいと思うので、「創世記って何?」という方はざっくりでいいので内容掴んでおくのがおすすめです。
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(冒頭画像:引用https://www.facebook.com/BarbieTheMovie)
※以降、本作のネタバレを含みますのでご注意ください。
バービーランドはピンクのプラスチック製「エデンの園」
映画『バービー』においてまず提示されるのは、人形であるバービーたち、ケンたちが何不自由なく暮らす世界「バービーランド」です。
揉め事もお金のトラブルも障害のハンディキャップも存在しない、完璧な楽園「バービーランド」は旧約聖書の「エデンの園」と重ねることができ、
ケンとバービーはアダムとイブを象徴する存在に置き換えられます。
このバービーランドの設定以外にも、映画冒頭の『2001年宇宙の旅』のオマージュ等、『バービー』では随所に聖書的なモチーフが使われています。
グレタ・ガーウィグ監督はこれまでも『レディ・バード』でシモーヌ・ヴェイユの言葉をシスターに引用させたことも。
自身もカトリック系高校出身であるということもあってか、神学的な要素を作品に取り込むことが多い監督で、過去のインタビューでもその傾向について語っています。
本作『バービー』も、神学的モチーフを補助線にバービー人形の実写化を見事に果たしてみせていますので、ここから深堀りしていきます。
予備知識編:マーゴット・ロビーの実写化映画『バービー(Barbie)』、バービー人形のイメージが変わる!』
ハッピーライフの継続となるか?リアルワールドへの旅
バービーランドで完璧な生活を送っていたバービーですが、ある日を境にその日常が一変してしまうことに。
「死」が頭から離れなくなったり、肉体の衰えを感じるようになったりと精神的・肉体的に病んでいくバービーは、現状を打破すべくリアルワールドに行くことを決意。
そして、唯一の望みである「バービーのボーイフレンドになること」を叶えるチャンスとばかりに、ケンもいつの間にかバービーに同行。
現実世界では全身ピンクの浮きまくりファッション&ファンタジー言動全開のバービーたちは当然浮いてしまいます。
それはちょうど、創世記の「失楽園」において知恵の実を食べた後、自身の裸に恥じたイブよろしく、バービーは他人から浴びせられる視線を受けて、初めて恥の感情を覚えます。
旧約聖書ではこの後イブは神の掟に背いたとして、夫(アダム)の支配物となり楽園追放となってしまうのですが、元通りの生活を望むバービーの運命をガーウィグ監督はどう描いているのでしょうか。
ガーウィグ監督の手腕が光る、「女性性」の語り直し
ところで『バービー』の物語は主に2つの動機が推進力となって展開されていきます。
1つはバービーが抱える、バービーランドを取り戻したい気持ちと現実世界への探求心。
そして2つ目が、ケンの、ケン側(男性性)が虐げられていることへの不平等感を解消したいという欲求で、これが物語の中で重要な役割を果たしています。
男女について、律法(ユダヤ教)はこう語っています:
主なる神は言われた、”人が一人でいるのは良くない。主はその肋骨の一本を取り、その部分の肉を閉じられた。そして主なる神は、男から取ったあばら骨を女に造り変え、その女を男のもとに連れて来られた”
男性なしでは存在しえない女性は、男性を助けるためにあるという考えです。
『バービー』でガーウィグ監督は創世記の枠組みを借りながら、映画冒頭からのバービー創造物語を通して「女性性」について語り直しを試みているかのように考えられるのですが、
『バービー』の中で性差による不平等感に目ざめるケンが、アダムというよりイブ的で、しかも聖書の中では不平等を受け入れるだけだったイブが、本作ではそのシステムに抗う姿を描いているのは象徴的です。
バービーをアダム的ポジションに置き換えることで、イブ=男の従属物という旧約聖書のイメージを覆し、女性性イメージの再生を促しているということだと思うのですが、
同時にアダム/イブ、男性/女性等といった二項対立を崩す脱構築にもなっているというのが、ガーウィグ監督のすごさですね。
バービー界の創造主、ルースの愛に満ちた戒律
リアルワールドにやってきて恥という感情を知ってしまったバービーはその後、『バービー』における神であるところの、マテル社のバービー生みの親ルース・ハンドラー(レア・パールマン)と2度会うことになります。
この人形界の神が、納税問題で失脚した小柄なおばあちゃんというのがまた面白いです(笑)
聖書には「神は”自分たちに似せて人を造ろう”と言った」とありますが、バービーの創造主ルースはバービーの開発にあたり、「小さな女の子の夢をかなえたい」という思いがあったと話します。
また映画終盤でバービーが「人間として生きる」決意をするかという場面では、「この先に待ち受けるものを見せずして背中は押せない」と、文字通りバービーに手を差し伸べるシーンもあります。
ちなみにこのシーン、有名なミケランジェロ「アダムの創造」と似たような構図になっているのも興味深いところです。
これらのルースの言動には創造主としての責任と母性のようなあたたかみを感じますが、この辺は2児の母でもあるガーウィグ監督の母性が反映されているんでしょうか。
ガーウィグ監督が贈る、「人形たちはどう生きるか」
ここまで見てきたように、『バービー』には全編を通して旧約聖書を想起させる設定や展開がありますが、聖書をそのままバービーの創世記としてなぞるのではなく、聖書のイメージを利用しながらそこから鮮やかに脱構築していくところが素晴らしい作品となっています。
バービーは死という呪いの克服のため、完璧なバービーランドへ回帰するのではなく、個人の主体性と変化をポジティブに捉える方向にフォーカスしていく流れが見事ですし、
ケンも”Ken is me.”というシンプルで力強い台詞が象徴していたように、最後は男性/女性といった構造の中の自分ではなく、やはり主体性を取り戻す展開になっていたのが良かったと思います。
またバービー/ケン間のロマンスを一切描かないところも、安直なエンディングに頼らないガーウィグ監督らしさが出ていて流石!と思いました。
バービーとケンをカップルとしてではなく、プレイヤーとプレイヤーとして描き切った『バービー』とは、ガーウィグ監督なりの『君たちはどう生きるか』なのかもしれません。
●グレタ・ガーウィグ監督(Greta Gerwig)
誕生日:1983年8月4日生まれ
星座:しし座
出身:アメリカ・カリフォルニア州
▶おすすめの監督作品(管理人・選)
※監督出身のサクラメント時代を被らせているのでしょうか…。
(ガーウィグ監督の世界観を表した本も出版されています。)
まとめ
ガーウィグ監督はバービーの製作にあたり、「キャリアを終わらせることになるかもしれない」と語っていたこともあったようですが、大胆に、そして華麗にプレッシャーを傑作へと昇華させたガーウィグ監督はやはり最高です。
今後も女優・監督としてのキャリアに注目していきたいです。
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●洋画好きのすどうです。英語が飛び交う環境で働くペーペー社会人。
映画鑑賞で英語上達を画策中。
※今でこそ「女の子らしさ」を代表する色、ピンクは元々は「男の子」っぽい色だった?!的な本。大学時代に社会学のレポートを書くために読んだのですがめちゃ面白かったです。
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