今回は2017年に製作されたフランス映画『ジュリアン』についてご紹介します。
監督のグザヴィエ・ルグランにとって初の長編映画にして第74回ヴェネツィア国際映画祭で獅子賞(監督賞)を受賞した、スリルと臨場感を存分に味わえるサスペンス映画です。
本作は世界的な社会問題であるDVに触れており、DV問題についての改善が見られない社会への悲しみや無念さを訴えかける映画です。
決してフランスだけの問題でないDVについて、本作を通じてあなたやあなたの身近な人たちと考え、行動するきっかけともなるかもしれません。
(冒頭画像:引用https://twitter.com/julien_cinema)
映画『ジュリアン』:あらすじ
(原題:Jusqu’a la garde(保護に至るまで)監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン)
11歳のジュリアンは両親の離婚により、母ともうすぐ成人を迎える姉と3人で暮らすことになりました。
離婚調停の取り決めで共同親権となり、ジュリアンは隔週の週末を父アントワーヌと過ごすことになります。
母のミリアムはアントワーヌとの接触を一切断りますが、アントワーヌは週末にジュリアンを迎えに来る傍ら、共同親権を盾に幾度も接触や連絡先を知ろうと試みます。
ジュリアンは母を守るために必死に嘘をつきますが、アントワーヌの不満は徐々に増大し緊張感が高まっていきます。
グザヴィエ・ルグラン監督、良質な社会派サスペンス
本作は社会問題に触れた社会派映画でありながら、スリリングな気分を存分に味わえるサスペンス映画でもあります。
特段恐ろしい描写が無いながらもサスペンス映画として各国で傑作と評されたのは、グザヴィエ・ルグラン監督のシナリオ・演出、そして音楽の力と言えるでしょう。
今記事で特に取り上げたい点は、
①シナリオ:二部構成ながら後編『ジュリアン』だけでも楽しめる
②演出:緊張感をつくる音楽としての日常音
③映画音楽:ティナ・ターナーへのオマージュ
という3点です。
①シナリオ:二部構成ながら後編『ジュリアン』だけでも楽しめる
実は『ジュリアン』は二部構成の作品であり前編映画(日本劇場未公開)があります。
2012年に製作され、クレルモンフェラン映画祭では4部門を受賞した30分の短編映画『すべてを失う前に』です。
この作品は夫の暴力から逃れるため、子供を連れて夫婦の離別をはかる妻の一日を描いたスリラー映画です。
少々ネタバレになりますが、『ジュリアン』の冒頭は、ジュリアンの両親が親権について争う離婚調停の場のシーンから始まるため、『すべてを失う前に』のストーリーは冒頭のシーンに至る前の原因、きっかけの物語であり起承転結の「起」になります。
グザヴィエ・ルグラン監督は当初、DVをメインテーマとした短編・三部構成の作品として考えていましたが、物語の展開上続編を長編作品として製作しました。
総じて見ると『ジュリアン』は「承・転・結」の物語ではありますが、「起」の結末としての離婚調停のシーンだけで十分に流れが理解できるため、長編一つでしっかりと楽しめる作品です。
【YouTube:Just Before Losing Everything 動画】
②演出:緊張感をつくる音楽としての日常音
スリラーやサスペンスには鼓動が高まるような、息をのむような音楽がつきものです。
心音を拾ったり、無音にする演出などもあるかもしれません。
ところが『ジュリアン』では緊迫したシーンにおいてもそのような音楽はありません。
食事をするシーンでは食器が当たる音や水をコップにそそぐ音、車に乗るシーンではドアの開閉やシートベルトを着ける音、ブレーキを踏む音など、最低限の音があるだけです。
このような演出がむしろ緊張感を作り出しており、DVという恐怖が日常に容易に潜んでいること暗示しているように思えます。
③映画音楽:唯一のティナ・ターナー『Proud Mary』
ところで、殆どが日常音の本作の中で、唯一使われたミュージックがあります。
それはジュリアンの姉ジョセフィーヌが歌唱する『Proud Mary』です。
グザヴィエ・ルグラン監督がこの曲を好きであることに加え、ティナ・ターナーがDV被害者でもあったことも曲が選ばれた理由です。
彼女は「ロックンロールの女王」と呼ばれ、世界中で人気博していましたが、家庭では元夫の暴力に耐えていた過去がありました。
そのため、グザヴィエ・ルグラン監督はティナ・ターナーへのオマージュも込めています。
Proud Mary: The Best of Ike & Tina Turner
●ティナ・ターナー(Tina Turner)
誕生日:1939年11月26日生まれ
星座:いて座
出身:アメリカ・テネシー州
▶おすすめ代表曲
映画『ジュリアン』:主なキャスト
迫力のある体格を持ち存在感を放つドゥニ・メノーシェが、作品の恐怖の存在と言える父アントワーヌ、
『地下室のヘンな穴』(22)のレア・ドリュッケールが母ミリアム、
そして、マティルド・オネヴがジュリアンの姉ジョセフィーヌをそれぞれ演じています。
ジュリアンを短編の制作時から成長したミリヤン・シャトランに代わりトーマス・ジオリアが演じ、本作にて映画デビューを果たしました。
グザヴィエ・ルグラン監督は、トーマス・ジオリアには聴く力があり、また感性が非常に豊かであると絶賛しています。
●ドゥニ・メノーシェ(Denis Ménochet)
誕生日:1976年9月18日生まれ
星座:おとめ座
身長:184cm
出身:フランス
▶おすすめ代表作品
『ジュリアン』が指し示す、フランスのDV問題
さて、冒頭でも述べた本作のメインテーマDVは世界中で問題視されており、フランスにおいても非常に深刻なものです。
フランスではここ数年の調べで3日に1人、女性がパートナーによるDVで殺害されており、年間で20万人超のDV被害に遭っています。
被害者の数はあくまでも被害者自ら専門機関へ相談をした事案の集計のため、実際は倍以上の数と考えられています。
本作の公開された2017年度のフランス内務省の発表では、同居人や元パートナーからのDVによる死者は女性109人、子供25人、男性16人と衝撃的な数字でした。
本作は変わらない現状に対し訴えかける作品です。
(参考)コロナ禍におけるDVに迅速に対応したフランス政府
こちらの画像は、フランスの公共放送サービス局「france info」のHPに掲載された画像です。
「外出禁止は、相手を見下したことを言うこと、ののしること、たたくこと、性関係の強要を認めない。暴力の被害に遭ったら電話をしてください」
とあります。
コロナの爆発的感染に合わせ、フランス政府は2020年3月17日、フランス全土に「外出禁止令」を出しました。
しかし、この外出禁止令が自宅監禁やDVの温床となること、また加害者の監視下で公的相談窓口への連絡や通報が困難になると懸念して、政府は同時に相談や通報できる窓口を設けたのです。
そして、3日後には「3919」の公的相談窓口に加え、電話の困難な人のためのプラットフォーム「暴力をやめよう」からチャットにて24時間いつでも相談ができるようにするなど迅速な対応をしたことが報じられています。
参考サイト:https://president.jp/articles/-/35577
さいごに:ライターコメント(byサヤヲ)
DVの被害者は女性や子供だけとは限りませんがしかし、女性や子供が過半数というものが事実です。
日本でもDV被害に遭った人の相談窓口や支援などがありますが、結局のところ警察が動くような事件にでもならない限り、被害者は逃げることでしか安全を獲得できないということに疑問を持たざるを得ません。
最近読んだ『ミステリと言う勿れ』の漫画でハッとした興味深いことがありました。
主人公いじめについて、いじめる側がカウンセリングを必要とする側と語るシーンです。
いじめやDV、言葉や力の暴力すべてに言えることだと思います。
この認識や解釈が仕組みとなった社会であると良いなと思いました。
参考記事:DV&モラハラをテーマのおすすめ映画、夫や父親から立ち上がる女性を描く4作品を紹介』
《ライター:サヤヲ》 クリックで担当記事一覧へ→
ミステリー小説とカレー、そして猫を愛するサヤヲといいます。
様々な視点から映画をたのしむきっかけとなれれば幸いです。
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