今回は映画『ラジオ・コバニ』についてご紹介します。
本作は、イラク・クルディスタン自治区ホーク県出身のラベー・ドスキー監督によって、2016年に制作されたドキュメンタリー映画です。
前回紹介した『ラッカは静かに虐殺されている』のラッカに並び、ISに一時占領されたシリアの都市が舞台です。
作品紹介:再建を目指す街に響く「おはよう コバニ」
シリアの北西部、アレッポ県のトルコとの国境の近くにあるクルド人街のコバニ。
2014年9月からコバニはISの支配下に置かれるも、迎え撃つクルド人民防衛隊(YPG)と連合国軍の空爆の支援によって2015年1月に解放を勝ち取りました。
ISの脅威から逃れるために避難していた住人たちは続々とコバニに戻ってきましたが、街の殆どは戦闘と空爆により瓦礫と化した悲惨な状態でした。
人々は街の復興に動き出し、大学生のディロバン・キコは友人と共に「おはよう コバニ」のラジオ番組を立ち上げました。
街の人々は「おはよう コバニ」の放送に耳を傾けます。
混沌とした街での、ドキュメンタリー撮影
本作はISの支配下に置かれた2014年の戦闘から、復興の道が開き始める3年間のコバニを記録しています。
無残な瓦礫になったかつて人の住む家であったもの、営む店であったものの他、生きていた人までも、目を覆いたくなる現実がはっきり記録されています。
「これは彼らの日常で、死体を移さない事は真実から離れることに――映画作家として人々と向き合わねばと、そういうことを意識していました。」
と撮影当時を振り返るラベー・ドスキー監督。
彼にとっても、撮影をともにする制作陣にとっても非常に凄惨な状況であったことでしょう。
ラベー・ドスキー監督は本作を、クルド人兵士であり戦争によって殉職した彼の姉にささげています。
シリア・コバニだけではない、中東のクルド問題
映画では取り上げていませんが、中東で続く争いの原因はイスラム教過激派組織などの宗教問題のみではありません。
その一つがクルド問題です。
「コバニ」はクルド語の名称であり、シリアの公用語であるアラビア語での名称は「アイン・アル=アラブ」です。
どちらの名称を使うのか、それはクルディスタン(クルド人の土地)と認めているか否かという話かもしれません。
(※当記事では映画のタイトルに倣い「コバニ」の名称で統一します。)
掻い摘み説明すると、今から100年ほど前まで存在した巨大な多民族帝国の「オスマン帝国」、その一民族であるクルド人。
第一次世界大戦の敗北後、所謂「サイクス・ピコ協定」によりクルド人たちの住んでいた地域は国境で分断され、現在のトルコ、シリア、イラク、イランなどにクルド人が散り散りになり各国の少数派となっています。
各国での政府とクルド人の関係性は良好でなく、クルド人国家としての独立を目指すクルド人と政府側の軍事的衝突が見られます。
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「クルド人民防衛隊(YPG)」は、シリアで活動するクルド人の政党「クルド民主統一党(PYD)」の擁する民兵組織です。
シリア内戦では反体制側のシリア民主軍に参加するも、アレッポでの内戦では政権側に協力するなど組織の外部との関係性は複雑です。
作中ではYPGの女性部隊である「クルド女性防衛部隊(YPJ)」の姿が映されています。
ISとの戦闘後も、新たな争いが続いています。
そこには数字では見ることのできない多くの悲しみがあります。
参考記事:戦争ドキュメンタリー、イスラム国によるシリア・ラッカの「静かな虐殺」を訴える社会派映画
さいごに:ライターコメント(by サヤヲ)
ところで、私はドキュメンタリー映画がとても好きです。
未知の事実を知ることができ、学ぶことができます。
ついつい仕事や日常でいっぱいいっぱいになっていた自分の視野や思考が開けてきます。
見逃していたあるいは埋もれていた小さな日常の楽しさ、嬉しさに気づくことが出来ます。
『ラジオ・コバニ』の69分間には混乱を生き抜いた人々の喜び、悲しみ、迷い、それを乗り越えようとする強さと事実が収められています。
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ミステリー小説とカレー、そして猫を愛するサヤヲといいます。
様々な視点から映画をたのしむきっかけとなれれば幸いです。
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