忘れ去られた街、シリア「ラッカ」
ラッカ(Raqqa)という街について聞いたことはあるでしょうか?
ラッカは西アジア諸国のシリア・アラブ共和国の北部に位置する農業都市です。
西アジア最大のユーフラテス川の中流に位置し、他の街と離れた素朴な街ですが、都市と都市とをつなぐ道路や鉄道が通っています。
ラッカが世界から注目されるきっかけとなったのは2014年、過激派組織ISの影響と言えるでしょう。
シリア内戦下でISに占領され、ISは国家樹立を宣言するとともに首都をラッカと発表しました。
中東やその他の海外のメディアがラッカの惨状を報じることはなく、世界から断絶され虐殺されていくラッカの人々。
以下、紹介する本作『ラッカは静かに虐殺されている』(原題:City of Ghosts)は、非道なISに対し刀や銃ではなく、ペンで戦う姿を追ったドキュメンタリー映画です。
“我々が勝つか、皆殺しにされるか”
2011年、チュニジアで起きた民主化運動。
デモの様子はSNSを通じて世界に広がり、周りのアラブの国々へと広まりました。
同年、シリアでも民主化運動が起き、独裁政府と反政府組織の対立は大きな戦いへ、所謂“シリア内戦“へと発展しました。
そして2014年6月、内戦による権力の空白によってISはラッカを制圧しました。
彼らは国の樹立と首都をラッカとすることを宣言し、たちまちラッカから発信されるニュースはISのプロパガンダだけとなりました。
街では残忍な公開処刑が繰り返され、日を追うごとに人々は死と隣り合わせの日常に恐怖を募らせていきます。
海外メディアも報じることのできないラッカの真実を、市民の声を世界へ伝える為、秘密裏に市民ジャーナリストグループ”RBSS(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)”が結成されました。
彼らは故郷ラッカの置かれた状況、ラッカに住む人々を、ISそして戦争・暴力の非道さをSNSへ次々と投稿します。
RBSSの発信力はISにとって無視できないものとなり、ISはすぐにRBSSメンバーの暗殺計画に乗り出します。
映像からにじみ出る、RBSSの覚悟
本作に登場するRBSSメンバーの経歴・経緯は様々です。
当時ただの学生だったと語る共同創設者の一人・スポークスマン、元教師であり教え子の逮捕をきっかけにRBSSに身を投じたリポーター、シリア内戦からカメラを回し続けたカメラマン。
国外へ逃げたメンバーは実名や顔をさらけ出し、命がけで情報を伝えています。
また、ラッカに残された家族の安全は当然心配であり、妻や子どもを持つものもいます。
本作を通して、記事のひとつひとつ、投稿の度々に緊張の走る様子を感じることでしょう。
グループは2015年にジャーナリスト保護委員会から「国際報道自由賞」を受賞しました。
ドキュメンタリーの若き才能、マシュー・ハイネマン
命がけで臨む撮影
マシュー・ハイネマン監督は優れたドキュメンタリー作家として有名です。
中でもメキシコの麻薬戦争を追った前作『カルテル・ランド』(15)では、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネート。
ショッキングで鬼気迫る映像が評価され、彼の名を轟かせました。
その他、アメリカの若者にフォーカスしたドキュメンタリー『Our Time』(09・日本劇場未公開)、最近作で実在の女性戦場記者の人生を描いた『プライベート・ウォー』(18)があります。
『プライベート・ウォー』は、ドキュメンタリー作家として培った知識や経験、テクニックが大いに落とし込まれた迫力のある劇作品となています。
参考記事(by azemichi):戦場の女性記者描く実話映画『プライベート・ウォー』。ロザムンド・パイクが熱演!
ISの広告戦略、WEBとSNSを駆使
ISのプロパガンダは非常に現代的です。
ウェブやSNSを駆使し映画さながらの映像を発信。
ISの広報活動は、過激派組織を出現させ世界各地でテロが多発し人々に恐怖を植え付けます。
また、映像に感化されISに参加する若者が世界中で問題となりました。
こうした背景からISは世界の敵とみなされました。
よく「地図から人の姿は見ることが出来ない」と言いますが、我々はニュースや新聞で仮にISがもたらした悲劇・惨状を目撃する機会が出来たとしても、ラッカについて自発的に調べることがなければ、知る機会がなかったことでしょう。
2017年にはシリア・イラクの支配都市は奪還され、勝利宣言が成されています。
2022年現在、ISは事実上壊滅状態とされていますが、シリア内戦は続いています。
戦争がもたらす死の恐怖や、ISの残党、過激派によるテロなど、懸念が残りいまだ安全である体制ではありません。
RBSSの活動は現在も続いています。
この先も市民の声を国際社会へ届けるためです。
日本国内でも物議を呼んだISの呼称
自称国家のIS(イスラム国)。
ニュースや新聞などのメディアなどを通して、この組織については様々な呼称で目にしたことでしょう。
日本でも始めは「イスラム国」と呼ばれていましたが、のちに日本政府では「ISIL」を採用し、NHKも呼称を「過激派組織IS=イスラミック・ステート」へと変更しています。
特定の呼称がなく、国際社会で国家と決して認めないこと、「Isram」とは無関係であることを示す為です。
そのため、前進組織を示すISIL(イラク・レバントのイスラム国)やISIS(イラク・シャムのイスラム国)、アラビア語圏では敵対する意味として「DAESH/DAISH」(ダーイシュ)が用いられもしました。
※本記事においてもISの呼称で統一しています。
さいごに:ライターコメント(by サヤヲ)
この映画を劇場で見たときは本当に衝撃を受けました。
また、自分の無知を知り少し恥ずかしくも思わされました。
日本に住む私たちにとって他国の戦争は、結局のところ他人事として目に映ってしまいがちです。
以前紹介した作品『コリーニ事件』という映画も、過去の失敗と、それに対する反省をさらに現代の視点で振り返るというものでした。
0%とは言えませんが殆ど戦争と無縁の我々日本人ですが、他国の情勢に興味を持ち、知ろうとすることは必要でないとは言えません。
この作品が今後も一人でも多くの人にみられることを願います。
参考記事(by sayao):法廷ミステリー映画『コリーニ事件』ドイツ発サスペンス小説を原作、法律は何を守るのか?
《ライター:サヤヲ》 クリックで担当記事一覧へ→
ミステリー小説とカレー、そして猫を愛するサヤヲといいます。
様々な視点から映画をたのしむきっかけとなれれば幸いです。
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