2024年1月公開の『哀れなるものたち』。
前年のヴェネチア国際映画祭では最高賞である金熊賞を受賞するなど、一般公開前から早くも評判を集めています。
ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモスは、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)や『ロブスター』(15)などで次々と注目を集めた奇才の映画監督です。
その魅力を言葉にするのが難しいと言われるランティモス作品。
確かに、正確な言葉が見つからない独特の世界を持っていますよね。
今回は、筆者が3本のヨルゴス・ランティモス監督作品の魅力の解説に挑戦します!
(冒頭画像:引用https://www.facebook.com/Lobsterfilm/)
『ロブスター』(15)
キャリアの中で、初めて英語演出での長編映画となった『ロブスター』。
舞台は、異性愛結婚で子供を作ることが義務付けられている未来の世界。
妻に家を出て行かれてしまった主人公のデイヴィッド(コリン・ファレル)は、とあるホテルに滞在します。
そこは、デイヴィッドと同じ独身の男女たちが宿泊したホテルで、45日以内に配偶者を見つけなければ動物の姿に変えられてしまうというルールに従って作られた場所でした。
毎晩行われる相手探しのパーティーやイベント。
デイヴィッドは何人かの「婚活仲間」と知り合いますが、彼らも望んでか望まずか、相手を見つけてホテルを去っていきます。
どんどん近づいてくる期限の45日目。
デイヴィッドは、とあることがきっかけで、ホテルから逃げ出して森に住んでいる独身者の集団に偶然出会いますが……。
魅力:奇妙なホテルは、世の中の縮図
ヨルゴス・ランティモス監督の大きな特徴は、独特なストーリーもそうですが、筆者は「整然としている画面」と考えます。
本作の全てが綺麗に整えられたホテルや、後述する『女王陛下のお気に入り』の庭園や王宮の中などがまさにそうです。
そして、『ロブスター』の舞台設定は「異性愛結婚で子供を作ることが義務付けられている未来の世界」。
本作の一番の前提なのでサラッと流してしまいがちですが、この時点でかなりの恐怖じゃありませんか?
人がみんな異性愛者ということはないですし、男女という二つの枠組みに整然と収められるものでももちろんありません。
例え異性愛者だとしても、結婚や出産は義務付けられるべきものでもありません。
しかし、少し考えてみると、世の中にはそうしたことがまるで義務のように感じられるプレッシャーがあるのも確かです。
『ロブスター』のホテルは、筆者には「整えられないものを整えようとする」世の中を皮肉った、奇妙な縮図であるように見えます。
箱のような窮屈な空間から、液体のようにどろりとはみ出す無形の人間性。
ヨルゴス・ランティモス監督は、空間演出とユニークなストーリーを使って、このテーマを繰り返し描いていると筆者は思います。
『聖なる鹿殺し』(17)
2017年の映画『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』。
コリン・ファレルが再び主演を務め、共演はニコール・キッドマン、そして本作の中心となる役にはバリー・コーガンという配役。
心臓外科医のスティーブン(コリン・ファレル)は、結婚して子供がおり順風満帆な生活を送っていました。
しかし、知り合いの高校生であるマーティン(バリー・コーガン)を家に招待して以来、スティーブンの幼い子供たちが次々原因不明の病にかかっていき……。
魅力:特異点、バリー・コーガンの「自然」な演技
本作はギリシャ悲劇が下敷きになっていると言われていますが、あくまで下敷きであり、全てを結びつけることはできないようです。
子供達の病は、作中で明らかになるスティーブンが犯したある「罪」への罰であるらしく、どうやらそれを執行しているのはマーティンである様子。
しかし、マーティンは何か子供達に加害をするわけでもなく、表立って攻撃的になることもほとんどありません。
映画には、ただただ「マーティンが下した恐ろしい罰である」という重苦しい暗黙の了解が流れるばかり。
最後まで観ても病の原因などがはっきり分かるわけではないのですが、驚くべきなのはこれらの曖昧さを全て飲み込んでしまうようなバリー・キオガンの演技力です。
コリン・ファレルとニコール・キッドマンの夫婦が比較的無感情で抑圧されたような演技をするのに対し、バリー・コーガンのマーティンは極めて感情的で、喜怒哀楽をはっきり表に出すあくまで「天真爛漫な子供」なのです。
一番人として「自然」なはずなのに、画面の中ではマーティンが一番浮いていて、奇妙に見えるという矛盾。
このバリー・コーガンの「はみ出し方」に注目すると、かなり面白く観ることができるでしょう。
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『女王陛下のお気に入り』(18)
アメリカでの公開当初からアカデミー賞有力候補と言われていた『女王陛下のお気に入り』。
18世紀初めのアン女王(オリヴィア・コールマン)の治世、フランスと戦争中のイギリス王室。
没落貴族の娘アビゲイル(エマ・ストーン)がどんどん地位を上げ、女王の寝室付きの侍女に上り詰めていく様子を描いています。
魅力:歪められた庭園と、王宮の中の人間関係
本作の特徴は、歪められた画面。
映画に出てくるものは、ほとんどが本来まっすぐに整えられているもの。
スクリーンいっぱいに等間隔に並ぶタイトルクレジットや、きっちりと整えられた庭園、王宮の中の何もかもが整然と整っている廊下や空間などです。
それらが、画像からも分かるようにわざとグニャリと曲げられています。
筆者は当時映画館のスクリーンで観ていて、ちょっと画面酔いを起こしそうになったほどでした。
強烈な演出ですが、「豪華絢爛とした王宮の中で渦巻くグニャグニャとした人間関係」というテーマにはピッタリ合っています。
「整然とした空間」対「人間の感情や欲望などの無形のもの」という点でも、『ロブスター』のテーマの扱い方と似たものを感じさせますね。
「子供」のメタファーにも注目!
また、アン女王が寝室で飼っているたくさんのウサギにも注目です。
女王から「Children(子供たち)」「Babies(赤ちゃんたち)」と呼ばれているウサギさんたちは、史実でアン女王が17回妊娠し、そのほとんどの子供を流産や死産で亡くしていることに基づいたものと思われます。
ランティモス作品では、「子供」という存在がかなり不思議な扱いを受けているので、そこに注目してみても興味深く観ることができるかもしれません。
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ランティモス作品の、「はみ出し」のエネルギー
さて、ヨルゴス・ランティモス監督の作品の魅力を3本解説してきました。
『ロブスター』より前、全編ギリシャ語で製作されている『籠の中の乙女』(09)は、巨大な塀に四方を囲まれた家に住んでいる一家の物語です。
3人の子供たちは塀の外に出たことがありません。
とある女性が家を訪問したことにより、危ういバランスで成り立っていた家族の関係が崩れ始めて……というあらすじ。
いかがでしょう、これもまさに人間の欲望と感情が「箱の外にはみ出す」物語ではないでしょうか。
ランティモス監督の描く無形の人間性は、決して観ていて気持ちのいいものではない、生々しい描写が多いです。
しかし、その「はみ出し」のエネルギーは、実はとてもストレートで、普遍的なものであるのも確か。
普遍さと異常さ、この二つのコントラストが、ランティモス監督作品の魅力の一つと言えるでしょう。
●ヨルゴス・ランティモス監督(Yorgos Lanthimos)
誕生日:1973年5月27日生まれ
星座:ふたご座
出身:ギリシャ・アテネ
▶おすすめの代表作品(管理人・選)
《ライター:ぜろ》 担当記事一覧はこちらをクリック→
高校2年生で『アベンジャーズ』を観て以来の映画ファン。大学と大学院では映画研究にどっぷり浸かっていました。
アナログでファンアートを描いてはインスタグラムに載せています。楽し〜!
話題の作品や、そこにつながる過去の名作、注目のキャストなどをわかりやすく楽しく紹介していきたいです!
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